第六百六十一夜

 

とりたてて大型と言うほどでもない連休の初日の午前十時、母方の実家に到着して父の運転する車に深夜から半日ぶりに解放された。

家から祖母が出てきて両親と一言二言挨拶を交わし、皆でトランクから荷物を運ぶ。運びながら母が、
「お父さんはどうしたの?」
と祖母に普段とは異なるイントネーションで問う。帰省する度真っ先に出迎えに来るのに今日は姿が見えないのを不審に思っての質問だ。

祖母は私がトランクから持ち上げた鞄を取り上げながら、妙なお客が来ているのだと困った顔をする。
「あれ?今年は連休に店を開けているの?」
と母がこちらを振り返る。母の実家は古くから続く質屋で、店を兼ねていた母屋は建て替えてしまったが、庭には複数の蔵が残っている。
「それがね、朝っぱらからあの人形がほしいって人が来てるのよ」
と居間に皆を座らせてお茶を淹れながら祖母が言うと、母はなるほどと頷いてお茶請けを用意する。
「あの人形って?」
と声を揃える父と私に、母と祖母が顔を見合わせ、そういえば話したことがなかったかと、こんな話をしてくれた。

母が生まれる前のこと、娘を連れた若い夫婦が一体の人形を持ってやって来た。フェルト地に綿を詰めて作った女の子の姿の人形で、そう高いものではない。一家の身形は小綺麗で、娘の人形一つを質に入れるほど生活に困っているようには見えないが、どうしてもと請われて某かを払って引き取った。

棚に並べると直ぐに売れたが、翌日になると元の棚にその人形が座っている。買って行った客は常連だったから直ぐに連絡をしてみるが、買った人形を棚に戻して帰るような悪戯をするような人ではないし、本人も「玄関に飾っておいたはずが、電話をもらって見に行ったら失くなっていた」と狐につままれたような顔をして人形を受け取りに来た。

ところが翌日になるとまた棚に人形が戻ってきている。客は気味悪がって人形を手放した。そんなことが幾度か続き、結局人形は値札を外され、店の片隅に飾られるようになった。
「それでも何年かに一人はあの人形を譲ってくれって人が現れて、そういう人は定まって、いくら売り物じゃないって断っても聞かなくてね。今もお爺さんが説得してるところ」
と、祖母は眉根を下げて力なく笑い、小さく切った羊羹を口に運んだ。

そんな夢を見た。