第六百三十六夜

 

昼食を終えた昼休み、湯呑に淹れたお茶を飲みながら凝った肩と目元のマッサージをしていると、部下の一人が浮かない顔で席の脇に立ち、
「ちょっとお時間、よろしいでしょうか」
と弱々しい声で尋ねてきた。

どうかしたのかと尋ね返すと彼女はスマート・フォンを操作し、
「これ、私の車なんですけど」
と言ってこちらに差し出す。画面には買い物に便利そうな小型の車を後ろから撮影したものが写っている。バンパが少々ひしゃげて見える。事故後の処理の相談だろうか。
「あら、追突されたの?」
と彼女の顔を振り返ると、
「それが、よく分からなくて」
と歯切れの悪い返事が返ってくる。どういうことかと首を傾げる間もなく、彼女は小さな記憶媒体を取り出して、
「これにドライブレコーダのデータが入っているんですけど……」
とスマホにそれを差し込み、動画の再生画面を準備してこちらに見せる。

やや薄暗い画面の奥へと景色が流れて行くのを見ると、後部側のカメラの映像ということだろう。リア・ウインドウを雨滴が流れ落ちて、雨の降っているのが見て取れる。

直ぐに景色の流れが遅くなり、ほどなく停車、そこから二秒ほどすると大きく画面が揺れてピーピーと電子音が鳴り、異常な加速度を検出したため、前後のデータを保存する旨のアナウンスが流れる。
「うーん」
と絞り出すように唸った私を見て、彼女が頷く。
「これ、何も映ってないよね?」。
念の為に問うと、画面内では普段着らしい彼女が車道側から傘もささずに慌てて駆けて来る様子が映る。

衝突の後、その映像通りにその場で車を降りて確認したものの、追突してきたものの姿が見えないのも映像通りだったという。

そんな夢を見た。