第六百二十六夜

 

草木も眠る丑三つ刻というのも今夜ばかりは例外で、疫病騒ぎの薄さくなる以前であれば、地元の小さな神社でもその周辺は二年参りの客でそれなりに賑やかになるのが常だった。

今年も念の為に人混みを避けるべく二年参りは諦めて、午前一時を回った頃に支度を整えて家を出る。年明けの空気だからという訳ではあるまいが冬の夜気はマスク越しにも冷たく澄み、吸い込んだ肺が清められるような気がする。

アパートを出て自販機で温かい飲み物を買い神社への道を歩き始めると、足元で何やら鈴の音がする。目を向けると紅い首輪をした猫で、首輪と毛色に見覚えがある。どうもお隣の一軒家で飼われている三毛猫のようだ。名は確か、隣の老婦人がみーちゃんと呼んでいただろうか。

新年早々に猫達も何処かで集会があるのだろうかと下らぬことを考えながら神社への道を歩き始めると、彼女は私の横に並んでついてくる。二年参りの帰りらしき人々からにこやかな視線が向けられ、どうも私の猫と勘違いされている様子である。

とうとうそのまま神社へ着くと、彼女は音も立てずに飛び出して鳥居の柱を掠めるように潜って裏手の林へ駆けて行く。集会場はそこにあるのだろうか。

時間を外した目論見通り、人の疎らになった拝殿でお参りを済ませ、昨年のお守りを納めて新しいものに交換し、まだぽつぽつと現れる参拝客の姿を眺めながらちびちびと、バイトの巫女から貰った紙コップの白酒を舐める。

と、人の列の途切れたところでみーちゃんが拝殿の階段を上るのが見えた。何やら口に咥えたものを賽銭箱の後ろに置き、綺麗に座って上を向き、くうと喉を鳴らして立ち上がり、階段を降りると奥の林へ姿を消した。

猫も初詣をするものかと感心していると、悴む手で使い捨て懐炉を揉んでいた白酒担当の巫女が、
「あの子、去年も来てたんですよ」
と穏やかな表情で教えてくれた。

そんな夢を見た。

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