第六百十五夜

 

エレベータ・ホールに到着して下向きの三角形が描かれたボタンを押して上を向くと、一階のランプが点灯していた。

一階のランプが消えて二階のそれが点き、また消えて三階へと移る様子を眺めながら、背後から吹く風に首を竦める。早朝とはいえいよいよ冷えるようになってきた。電車の込み合う前に出社をするようになってどのくらい経つだろう。

そんな事を考えるうちに7のランプが点灯し、エレベータへ乗り込もうと正面を見る。が、期待に反してエレベータはこの階を通過して、扉のガラス窓から暗い無人の箱がそのまま上の階へと昇っていくのが見えた。

上で呼んでいる人がいたのだろう。いや、自分が呼び出しボタンを押すまでは一階に停止していた様子だったから、自分の呼び出しの後のこの十数秒の間に、誰かが上へやってきてボタンを押したということになるか。
ちょうど誰かが箱に乗り込んで上の階へ向かったという可能性は……無い。人が乗っていれば箱の中は灯りが点いているはずで、それが窓から見えるのだ。

再び昇っていくランプを見つめながら、いっそのこと階段を降りようかとも思うが止めておく。若い頃にスポーツで壊した膝のために、上るのはともかく下るのはなるべく避けているのだ。

そうして暫く待っていると、降りてきた箱はしかし予想に反して全くの無人だった。わざわざボタンを押して呼び出しておきながら、階段で降りることにでもしたのだろうか。首を捻りながら乗り込んだ。

そんな夢を見た。

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