第六百十三夜

 

郊外の大型量販店へ買い出しに出掛けた帰りの夕刻、事故でもあったか五十日にでも当たったか知らないが幹線道路で渋滞に巻き込まれた。

幹線道路といってもこの辺りは住宅街にほど近く、また片側が三車線もあるため要所要所に歩道橋が掛けられている。そのうちの一つの手前で車列が停まる。ここからは見えないが、先の方で信号機が赤になったのだろう。ギアをパーキングに入れてサイド・ブレーキを掛け、妻と子供とのなぞなぞ遊びを聞き流しながら目の前の歩道橋を眺めるともなく眺める。

と、茶色い大型犬を散歩するご婦人の姿が見えた。小柄な彼女は身体を仰け反らせながらに引っ張られ、歩道橋の欄干に掛けられた交通安全の横断幕の向こうに姿を消す。渋滞に退屈している妻たちの癒しになればと、
「ほら、大きな犬が散歩をしているよ」
と歩道橋を指し示す。

何処にいるかと歓声が上がり、やや身を屈めて歩道橋を見上げ、そして何も見えないと不満の声がそれに続く。今は横断幕の向こうだから、直ぐに見えるようになると言って数秒待つ。

が、一向に彼女も大型犬も現れない。車内は文句の大合唱となるが、見たものは確かに見たし、引き返す方向からも犬とご婦人が出てきたようには見えなかった。
「運転で疲れちゃったのね、きっと」
と妻がフォローをしてくれ、やがて動き出した車の流れに乗って歩道橋をくぐると、後はすいすいと自宅まで辿り着く。

皆を車から降ろして車内に忘れ物の無いことを確認し、自分も車を降りて背を伸ばす。やはり自動車の運転は気疲れするものだ。一心地付いてふと、先程の犬とご婦人とを思い出し、何事だったのかと思い返してみると一つの考えが脳裏を過って背筋が寒くなる。
――横断幕の向こうで体調を崩した彼女が、その場を動けなくなったのでは?

あのとき誰か他に通行人は居ただろうか、今からでも救急に通報をしたほうが良いだろうか、しかし、こんなただの思いつきで通報してただの間違いであれば迷惑になるだろう。

このまま奥歯にものの挟まったような気分でいるのももどかしく、玄関から適当な理由を叫び、再び車に戻ってエンジンを掛けた。

そんな夢を見た。

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