第六百七夜

 

道路脇の崖沿いに作られた小さな休憩所兼展望台の木製のベンチへ倒れ込み、手足を大の字に伸ばして仰向けになった。太腿が限界だ。友人が苦笑いをしながらストレッチをするよう促し、トイレの脇に置かれた飲み物の自動販売機へと歩いて行く。

父親の影響で山を好み、しばしば県内の山中を自転車で走るという友人の話に興味を惹かれ、無理に頼んで連れて行ってもらったのだ。

どうにか身体を起こし、ベンチの上に載せた脚を伸ばしたり揉んだりしていると、自販機から両手に紙コップを持って戻ってきた友人がその片方を差し出す。甘い香りのするそれを受け取ると、
「疲れてるときのこれがめっちゃ美味いんよ」
と言って、湯気の立つココアをちびりと舐める。礼を言って私も彼を真似ると、口中に甘い香りと味が広がる。
――あの父にしてこの子あり、か
と思いながらココアを舐めるうち、汗が秋風に吹かれて冷えた身体が暖かくほぐれて行く気がする。

自転車も、ごく一般的な街乗りの物しか持っていない私に彼の父親が厚意で貸してくれたもので、朝方に家を尋ねた私を幾度も自転車に跨がらせ、ペダルやサドルを私の体格に合うように交換・調整をして送り出してくれたのだ。親子揃って人が好すぎる。

隣のベンチに座って脚のマッサージを始めた彼と雑談をしていると、飲料メーカのロゴの付いた一台のトラックが入ってきて自販機の前に停まり、運転手が下りてきて何やら作業を始めた。こんな山中でも自販機がある以上は、当然商品を補充する人も、機械のメンテナンスをする人もいるのだろう。

それを見た友人がベンチから立ち上がり、紙コップを手にそちらへ歩いて行くので、私もそれに倣って後を追う。ゴミを捨てに行くのかと思えば、彼は作業中の男性に、
「お仕事中にすみません」
と声を掛けた。言葉の調子からすれば顔見知りでもないないようだ。
振り返った運転手に、彼は臆すること無く、
「先程、上りの道路脇で花をお供えしていらっしゃったように見えたのですが、どなたかお知り合いでも……」
と言う彼に、運転手は作業の手を止めること無く、
「ああ、以前ここへ来る途中でどうにも眠くて事故を起こしそうになった事があってね。そのとき、運転席のドアを誰かが叩いて起こしてくれたんだ」
と淡々と話す。慌てて目を覚まし路上を探しても、自動車もバイクも見当たらず、山の中の何かに助けられたものと思って、そのお礼に花と酒とを供えていたのだそうだ。

そんな事があるものかと眉に唾を付けながら聞いていた私を友人が振り向き、山を走っていると何だかそういうこともありそうな気がしてくるものだと言って柔らかな笑みを浮かべるのだった。

そんな夢を見た。

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