第五百夜八十七

 

いつもの時間に家を出ていつものように息子の手を引いて歩いていると、いつもの大型犬を連れたご婦人と出会って会釈をした。いつものように息子が垂れた耳の間を撫でる間、犬はいつものように舌を出しながら笑顔で待つ。

息子が犬をひとしきり撫でて満足するとお礼を言って別れ、数分で白い漆喰の壁に囲まれた大きな門に着く。門の脇には大きなクスノキが立っていて、頭上からは蝉の声が降り注ぐ。

ここは地元の方に聞くと古くからある幼稚園がいつからか保育園も兼ねるようになったそうで、私の息子も後者の方にお世話になっている。

門を潜ると園内の土の庭を、作務衣姿に白髪のよく似合う園長先生が掃き清めている。普段は園舎の中で受付作業をなさっているので気付かなかったが、箒を掃くその姿は背筋が伸びて実に若々しい。

息子を受付に連れて行った帰り際、一言挨拶をと思い声を掛けて歩み寄ると、これまた綺麗なお辞儀を頂いて、思わずこちらも背筋を伸ばして一礼する。ちょっと世間話でもと思い、
「この時間にお掃除は、珍しいのでは?」
と尋ねると、
「ええ、今日は特別、手間の掛かる日でして」
と、彼は首に掛けた手拭いに額の汗を吸わせる。私の顔に「わけがわからぬ」と書いてあったのを読み取ったのだろう、
「壁沿いに、園庭と植え込みとの境があって、植え込み側に砂利が敷いてあるでしょう」
と指を伸ばして示す。その先に、幅一メートルほどの間隔で、幅五センチ・メートル、深さ三センチ・メートルほどの溝が見える。

「あの溝の向こうに、うちの神社の本殿があるんです。親父の代に幼稚園を始めたとき、あの門を幼稚園の正門にして、神社の方の門と鳥居とは入り口を別にしたんですよ」。

同時に、元々は門から本殿まで一直線だった参道が途中で折れるように改築したのだが、神様はどうもこれを気に入らなかったらしい。毎年お祭りの日の前後になると、幼稚園の植え込みと神社側の砂利の上へ元々の参道を牛車でも通ったように深い轍が残るようになった。

「それを職員や子供達が気付かぬように、こっそり掃いて均すんです。内緒ですよ?」
と、彼は人懐こい笑みを浮かべながら、口の前で人差し指を立ててみせた。

そんな夢を見た。

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