第五百八十四夜

 

夕食を終えて蒸し暑い自室で勉強をしていると、妹が藁半紙を片手に部屋を訪ねてきた。

何の用かと尋ねるとその藁半紙を示し、来週から三泊四日で部活の合宿が始まるのだと言って難しい顔をする。それでピンときて、
「ああ、あのぬいぐるみ?」
と尋ねると、彼女はこくりと頷いて、
「どうしよう」
と呟く。
「どうしようっていっても……もう諦めて、連れて行ってあげれば?」
と提案すると、流石に高校生にもなってそれは恥ずかしい、同級生や先輩に馬鹿にされそうだと俯く。

あのぬいぐるみとは、もう十年ほど前に父の実家へ帰省した折にお土産物屋さんで彼女が一目惚れして買って貰ったクマのぬいぐるみで、今も恐らく彼女の部屋の箪笥の上か何処かにお握りを抱えて座っているはずだ。縦にも横にも三十センチメートル、奥行きが二十センチほどの丸々した姿で実に可愛らしい。可愛らしいのはいいのだけれど、ちょっと不思議なところがある。妹が外泊をすると、必ずそこへ付いてくるのだ。

妹が小学校の低学年の頃に同級生の家へお泊りしたのがことのはじめで、以来、小学校の臨海学校、修学旅行、中学の宿泊学習と彼女が外泊するその度に、朝になると枕元でお握りを抱えて座っていたと、クマを抱えて帰ってくるのだ。

中学生になってもお気に入りのぬいぐるみがないと眠れないなどと噂されては流石に恥ずかしかったらしく、去年の修学旅行の際にはクマが妙な真似しないよう、一晩抱えて眠って欲しいと頼まれたのだが、それも徒労――といっても私は寝ていただけだが――に終わり、クマは見事私のベッドを抜け出し、彼女の宿泊先のホテルに現れたのだった。

「だからもうはじめから連れて行ったらいいじゃない。夏に怪談は定番だし、先輩達だってあの子の話をしたら喜ぶかもよ?」
と言うと妹は、後一週間でなんとか対策を考えるから、なにか策が思い付いたら協力をして欲しいと言って部屋を辞した。

そんな夢を見た。

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