第五百七十九夜

 

駅のプラットフォームに上がると、自宅の最寄り駅で改札階へ続く階段近くに停まる車両のやってくる「定位置」へ移動した。特に急いで帰宅する理由もなければ、ほんの数両分だけ移動したからといってどれだけ帰宅が早まるわけでもないのだが、いつもの習慣である。

同じくいつもの癖で、何となく背後を振り返る。今勤めている店が駅からほど近いビルの二階にあり、その大きな窓が見えるのだ。窓ガラスには駅前のロータリィを見下ろすための透明なものと、店の看板としてシートが貼られたものとが交互に並び、閉店後は終電近くまでの間だけ照明の当てられたシートが目立つようになっている。

が、その並んだ窓の左端から一つ右、左右の照明が僅かに照らす窓に何かが見える。目を凝らしてみると、暗くなった店内からロータリィを見下ろすように両手を窓に付けて立つ人の姿に見えてきた。

今日の閉店作業は私の担当で、会計の締め作業を終えた店長と共に店を出たばかりだから、店の鍵を持っているのは私と店長しかいない。店内に誰かがいるとするなら、店長が忘れ物でも取りに帰ったか、さもなくば店の合鍵を作った不届き者がいるか、あるいは泥棒ということになる。

いずれにしても店長に連絡を取るべきと、窓辺の人影から目を離さぬよう注意しながらポケットからスマート・フォンを取り出して、店長に電話を掛ける。

数コールで電話が繋がり、今は車で帰宅中だと言う。では泥棒か何かだろう、私なら、急げば二分掛からず店に戻れるというと、
「もし泥棒なら危険だから、今日はそのまま帰りなさい。僕が引き返して様子を見るから」
と、店長は勇む私を宥めて電話を切る。

確かに、仮に泥棒だったとすれば私が行ったところで何の役に立つだろう。相変わらず人影は見えているが、ホームに電車が入って来たのを機に、大人しくそれに乗って帰ることにする。

暫く電車に揺られていると店長からメッセージ・アプリで、特に異状はなかったと連絡が来た。

そんな夢を見た。