第五百七十八夜

 

友人の一周忌、亡くなった交差点に花を供えてから塾へ向かうつもりが出発時に慌てて、肝心の花を忘れてきた。

奥歯に物の詰まったような、或いは喉に小骨の刺さったような気分のまま授業を受けて帰宅し、荷物を置いて花を手に靴を履き直す。もう夜も晩いと心配する母に、自転車に乗るから大丈夫、十五分で帰ると言って出掛け、自転車で五分も掛からない交差点へ、湿度も気温も高い熱帯夜の夜気の纏わりつく中を走る。

早い時間には友人の家族や他の友達が来ていたのだろう、電柱と植え込みのツツジの隙間に置かれた小さな地蔵に真新しい花束が供えられている。そこに自分の花束を並べてしゃがみ込み、しばし目を閉じて手を合わせる。

キリの良いタイミングというのが分からぬが、いつまでも拝んでいても仕方がない。目を開けて立ち上がり、脇に停めていた自転車のペダルに片脚を乗せたところで、
「君達、こんなところでどうしたの」
と、背後から声を掛けられた。

ハンドルを握ったまま振り返ると、警邏の途中だったのか同じく自転車に跨った制服警官が懐中電灯をこちらに向けている。一年前の今日、事故で亡くなった友人に手を合わせに来た、用事で遅くなっただけで直ぐに帰ると説明する。彼も納得したらしく地蔵に小さく手を合わせた後、
「気を付けて帰るように。二人乗りが禁止されているのは、しっているね」
とこちらをじっと見る。早く行けということなのだろう、一礼してから自転車を押して跨り、背後からの視線に居心地の悪さを感じながら家路に就く。

相変わらず暑く湿った風を浴びながら、何かまだ胸がつかえるような気分になる。間違いなく命日のうちに花は供えた、手も合わせた。首を傾げながら自転車を漕ぐうちに家へ到着し、自転車を降りて鍵を掛けて気が付いた。一人で手を合わせていた私に向かい、あの警官は「君達」と言ったのだった。

そんな夢を見た。