第五百七十一夜

 

メッセージ・アプリのグループチャットに、サークルの院生の先輩からお土産を買ってきたという連絡が入った。授業に隙間が空いていて図書館で課題でもと思っていたが、折角だからとサークル室へ顔を出すと、既に数名がドーナツを囲んでいる。

気の利く先輩が紅茶党と珈琲党との人数を確認して湯を沸かしに共用スペースへ出てゆき、それを手伝いについて行く。
「こんな雑用くらい後輩に任せて、先輩は部屋にいていいんですよ?」。
湯が沸くまでの手持ち無沙汰にそう提案すると先輩は、
「ダイエット中だから、甘い物の前にいる時間はできるだけ短くしないと」
と笑う。同性から見ても華奢な彼女の一体何処に減らすべき脂肪があるというのか、それとも減らすべき脂肪が目に付くようになる前からこういう心構えでないとこの体型は維持できないものなのか。そんな話をしているうちに湯が沸く。サークル室から持ってきた紅茶と珈琲を淹れ、ティー・ポットと珈琲サーバを二人で分担して部屋に持ち帰る。
各人がサークル室に置いてある自前のマグカップに各々飲み物を注ぎながら、お土産といえばと修学旅行の話になる。

新入生は疫病騒ぎが中弛みしたお陰でなんとか行けたそうだが、その一つ上の私は見事に潰れて思い出も何も無いので聞き役に回る他ない。

ドーナツを齧りながら男子がどうの、部屋の死角に御札がどうのと定番の話題を話していると、
「私はこのホテルに泊まったんだけどね」
と先輩が備品のタブレットを示す。そこには古く立派な洋風のホテルが写っており、どう見ても国内のものではない。これはニュージーランドのある街の古いホテルで、為替やら物価やらの関係で当時は国内より安かったのだそうだ。

そのホテルには一泊しかしなかったそうだが、その晩には殆どの生徒が部屋の窓や扉をノックされるような音や、ボソボソと低い声で何事かを呟く声を聞いてなかなか寝付けなかったという。翌朝、朝食の席で皆が騒いでいると、
「セントラル・ヒーティングの配管をお湯が通るときに、熱膨張やら何やらでそういうおとがするのも珍しくない。日本の家でも家鳴りくらいはするだろう」
と教師が窘めた。それでも先輩は、
「あんな囁き声みたいな音はしないと思うのよね。はっきりとはわからないけれど、訛りのきつい英語っぽく聞こえたから……」
矢張り幽霊なのではないかと思い、後日ホテルの名前を検索したところ、そこは海外の心霊番組で特集されるほど有名な幽霊ホテルだったそうだ。

幽霊の出る安ホテルを選んだのかと担任に詰問すると、
「英連邦の文化では幽霊が出るほうが高級な物件として扱われるんだ」
と却って胸を張られ、異文化理解の困難さを痛感したものだと先輩は笑った。

そんな夢を見た。