第五百六十一夜

 

帰宅途中に引っかかった信号が青に変わって歩き出そうとして出鼻を挫かれた。顔面、左目の少し下に何かが当たったのだ。

春になって虫でも飛び回っているのかと思うと同時に植え込み近くで何か金属音が鳴る。顔に当たった何物かが落下したのだろう、正体を確かめるべく横断歩道へ出そうとした脚を捻って振り返り、音のした植え込みの辺りへ身を屈める。直ぐに街灯を反射して輝く物を見付けて拾ってみると、何処かで見たような銀の指輪である。

その瞬間、背後で爆音が轟いた。動転して反転しながら尻餅を搗いて振り返ると、直ぐ背後の車止めに乗用車が突っ込んでいる。右手に走って遠ざかって行く車があるのを見ると、どうも無理な右折をしようとした車を避けた直進車が進路に戻り切れずに突っ込んできたものらしい。車止めは僅かに傾いでいるが、車の方はフロント部分が綺麗に潰れて居住空間は無事で、大した事故ではなさそうだ。ただ、もし何事もなく横断を始めて車止めの前を歩いていたらと思うと血の気が引く。

早鐘を打つ心臓をなだめながら立ち上がって横断歩道を渡って家路に就く。

そのまま暫く歩いて冷静になってみれば、現場に留まるべきだったような気がしてくる。警察への通報は事故車の運転手が出来ただろうが、事故原因と思しき右折車の目撃証言くらいはした方が良かったのかも知れない。

そんな事を考えながら帰宅すると、先に帰っていた同棲中の彼女が出迎えてくれる。悪戯をした犬のように申し訳無さそうな顔をしている彼女に理由を問うと、学生時代に贈った指輪を無くしてしまったのだと泣きそうな顔をして謝る。
「いや、それが……」
と、先程拾った指輪をポケットから取り出すと、何処でそれをと彼女は目を丸くする。

この指輪は金属アレルギだという彼女に、アレルギが出ないのを謳い文句にしていた銀細工店に作って貰ったものだ。それを今日、仕事場を出るときには確実にしていたはずが、帰宅してみると指から消えていたのだと彼女は言い、受け取ったそれを嵌め直して安堵の笑みを浮かべた。

そんな夢を見た。