第五百五十九夜

 

昼食のスパゲッティとレトルトのソースとを二つの鍋で茹でながら、傍らの冷蔵庫の側面に貼り付けたタブレットで映画を見ていると、居間でスマートフォンが鳴った。メッセージ・アプリの通話要求の効果音だ。

小走りに居間へ戻り、充電ケーブルに繋いでテーブルに置いてあったスマホを手に取って台所に戻る。発信元は大学の語学の授業で仲良くなった友人だ。
通話を開始して、突然何の連絡かと尋ねてみると、
「今何処にいるの?」
と棘のある声が返って来る。映画を見ながらパスタを茹でていたところだと正直に答えると、
「何してんの?ワケ解んない」
と、随分お怒りのご様子である。何の心当たりもないこちらも彼女同様に「ワケ解んない」ので、一体何をお怒りなのかを丁重にお尋ねする。

苛立ちを隠さぬ口調で彼女の説明するには、私から買い物に誘われて待ち合わせをしているが、現在その時刻を十分ほど過ぎたところらしい。勿論、私にそんな記憶はない。ちょっと端末を操作して確認してみるが、普段彼女と連絡を取るのに用いているメッセージ・アプリにもそんな履歴はない。
「当たり前でしょ、メールでやり取りしてたんだから」
と彼女は言うが、そんな筈はない。電子メールのアドレスなんて、携帯電話の契約で付いてきたものと、通販サイトの利用のためのもの、大学で付与されたものの三種類しかないし、それぞれが対象との連絡用であって、どれも他人に教えたことはない。

では、誰が私の名前で彼女に電子メールを送ったのかと噛み付かれるが、そんなことはこちらの知ったことではない。念の為にその私を装った電子メールのアドレスを尋ねてみると、確かに私の名前と誕生年月日とを並べたものであるが、
「そんな個人情報丸出しのアドレスなんて作らないから」
と答えると、
「そういえば昔、情報の授業でやめろって教わったかも」
と彼女も漸く納得してくれる。

急いでその場を離れたほうがいい、お互いに何処かから個人情報が漏れているらしいから気を付けるようにしようと言って通話を切ると、鍋のスパゲッティは随分と伸びてしまっていた。

そんな夢を見た。