第五百五十四夜

 

憂鬱な月曜の朝の事務所にて、珈琲を淹れて席に戻ると始業までまだ十分程の時間があった。普段なら周囲と雑談でもしながらニュース・チェックをするのだが、右手の座席に座る同僚を見てすっかり興味がそちらへ移る。いつもは華奢な腕時計をしている左手首に、今日は幅十センチメートル程にわたって白い包帯を巻いているのだ。

野次馬根性丸出しでどうしたのかと尋ねると、彼女はさほど嫌がる様子もなく、
「それが、よくわからないんですけれど……」との言葉通りに困惑した様子で事情を説明してくれる。

土曜の朝から、彼女はご両親と三人で某温泉地へ旅行に行ったのだそうだ。多少標高があるためか少々肌寒かったものの桜も見頃で、湯に浸かるのにも却ってちょうど好い塩梅だったかもしれない。山の幸やらを中心に夕食も楽しんだ後には旅館の部屋に布団を並べ、十数年ぶりに親子で川の字になって寝たそうだ。

床に入ってどのくらい経ったか、布団の中で何か小さな物がもぞもぞと動いて、ぼんやりと目が覚めた。彼女の飼っている猫が甘えたがりで、気が向くとこうして布団に潜り込み、高さの具合がいいのか知らないが、左手首に顎を乗せて寝るらしい。今日も来たかと思いながらそのまま寝てしまったという。

翌朝起きてみて驚いた。左手首の内側が何かにかぶれたように赤く腫れ、小さな水疱まで出来ていた。先に起きていた母親に話すと、桜を見に高台へと歩いた遊歩道にウルシでも植わっていたか、それとも知らぬ間に何かの毛虫にでも触ったかしたのだろうと、いつも持ち歩いている軟膏を塗ってくれた。

しかし、外を出歩く際はいつも左手首へ文字盤を内側に時計を巻いている。華奢なものとはいっても、外で何かに触れたというならベルトや文字盤の跡くらいは残るだろう。
「つまり、猫が何かかぶれるようなものを身に纏って?」
と尋ねる私に、しかし彼女は頭を振り、ペット可の旅館ではなかったので猫は仲のいいお隣さんに預けていたのだと説明し、
「あの部屋に何かいたんですかね」
と、再び眉を八の字にするのだった。

そんな夢を見た。