第五百四十三夜

 

ハンカチで手を拭きながらトイレから出て売店を見ると、結構な人数が並んでいた。トイレでも少々時間を食ったものの、まだ多少の余裕はある。遅くとも本編前の広告の途中では戻れるだろう。

スマート・フォンで時刻を確認しつつ待つうちに、飲み物とポップコーンとを求める人の列は意外に早く消化され、アイス・ティーとコーラ、キャラメル味のポップコーンを受け取ると、彼氏の待つ座席へ向かう。両手に飲み物、その手首にポップコーンを挟んで持つのはなかなかに不安定で、席に着いたら愚痴の一つでも聞かせてやろうと決意しながら慎重に歩き、既に照明の抑えられた場内へ入る。幸い、まだ上映は始まっておらず、あちこちで遠慮勝ちなヒソヒソ話が聞こえてくる。

通路寄りに座っていたカップルに声を掛けて通してもらい、夜勤明けで疲れているのか肘掛けに頬杖をついて目を瞑っている彼氏に向かい、ポップコーンを受け取るように声を掛ける。

と、彼は頓狂な声を上げ、周囲をちらと見回した後、気不味そうにポップコーンとコーラとを受け取って座席のドリンク・ホルダに収める。
「変な声を上げて、どうしたの?」
と問うと、
「今戻ってきたの?」
と言うので首肯しながら席に腰を下ろす。

訝しげに首を捻る彼に改めてどうかしたのかと問うと、
「寝惚けていただけだと思うんだけど」
と前置きをして、周囲に遠慮をした小声で話し始める。

席に荷物を置いてトイレへ行くと宣言した私に飲み物とポップコーンを頼んだ後、彼は映画に備えて仮眠というほどでもないが、少しでも休もうと目を閉じた。

正確には分からないが、体感的には四、五分だろうか、少しうとうとしたところで膝の上、頬杖をついていない方の手をそっと握られた。

戻ってきた私が彼を起こさぬよう気を遣っているものと思い、上映が始まるか起きるように声を掛けられるかするまで目を瞑っていようと思い、そのまま再びうとうとしたところへ声を掛けられ、見れば飲み物とポップコーンとで両手の塞がった私が、座席にも座らず彼を見下ろしていたのだという。
「手が三本、生えてたりしないよね」
と茶化す彼に悪態を吐くと、ブザーとともに控えめな照明が落ちてスクリーンの幕が上がった。

そんな夢を見た。