第五百三十五夜

 

混雑した列車を避けて退社を遅らせると、最寄り駅前の量販店で出来合いの惣菜を見繕って家路に着いたのは午後十時の少し前だった。

定時あたりで退社をすると帰りの電車が随分と混み合うようになってきている。疫病騒ぎは発表される数字や対策の影響ばかり大きくなっていくけれど、相変わらず病気そのものの驚異は身近には感じられず、皆気が緩んできたのだろう。

かく言う自分が感染対策を続けているのも、病そのものより感染後の隔離やらの影響を避けることを懸念してのことだ。

疫病騒ぎの前には同じ時間帯でもずっと混み合っていたガラガラの駐輪場から自転車を出し、前籠に買い物袋を入れてシンと静まり返った夜道を走っていると、住宅街の小さな公園に差し掛かったところで金属の軋む甲高い音が聞こえてくる。
――ブランコだ
と直感的に分かる。

夏休み頃なら中高生が花火をする姿を見かけることもあるが、この季節のこの時間帯に態々屋外でたむろする者もおるまい。子供の頃、戯れに公園のブランコや鉄棒の金属部分に触れた痛いほどの冷たさを思い出しながら、ブランコを漕ぐ者の正体が気になって、生け垣の向こうにその姿を探すべく速度を緩めて公園の脇の道を走る。

垣の椿の切れ間を通りかかると、ブランコに腰を掛けた薄笑いの少年と目が合った。

心臓の縮む心地に思わず自転車がよろけ、それを立て直すと速度を上げて、脇目も振らずに自宅への道を急いだ。

そんな夢を見た。

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