第五百三十四夜

 

早朝、朝日の照らす海が綺麗だと子供に起こされテントを出る。

小学校低学年で好奇心の塊のような弟に引き摺られ、海を見下ろす崖へと出ると、元々が低血圧の気のある姉が、父母のキャンプ趣味に付合わされて疲れているのか寒さに余り眠れなかったか、或いはその両方か、柵の手前に置かれた木製のベンチに腰を下ろし、青白い顔で背を丸めながら淡い橙色に光る海を見つめていた。

身体を冷やすと良くないからと声を掛けてテントへ戻り、湯を沸かして砂糖たっぷりの紅茶とクッキーを平らげると、娘の頬に漸く赤みが差す。

色々と分担して簡単な朝食を作り、火に当たりながら食べると、山の空気のお陰か不思議なほどにこれが旨い。ただ季節柄、あっという間に冷めてというより冷えてしまうのが難点で、次はもう少し暖かくなってから来ようと、沸かし直した紅茶のマグで手を温めながら皆で反省した。

食事を終えて一休みしてから、後を片付けてテントを解体する。出来れば昼飯くらいまで作ってから帰りたいのだが、それをやると帰りが渋滞にぶつかるのだ。

大きな荷物が纏まると、それを運ぶのは男の仕事、息子を連れて数十メートル山を下った駐車場へ下りて車に積み込む。その間好き勝手に遊んでいた息子が、
「ねぇお父さん、あれ、あれ」
と急に大声を出すので振り返ると、人差し指を立てた右腕を懸命に振っている。その先に顔を向けると、一台の小型のバスがある。

「停められている」ではなく「ある」というのは、そのタイヤの空気がすっかり抜けて潰れ、塗装も色褪せ、潮風に吹かれてか錆を浮かせているからだ。もう何年もそこに放置されているに違いない。

――昨日駐車場へやって来たとき、その後何往復か荷物を運んだとき、あんなに目立つものに何故気が付かなかったのだろう。あのタイヤで走って来たはずもないのに。

変に弄って怪我をしてはいけないからと息子に言い聞かせ、その手を引いて歩きながらそう考えた。

そんな夢を見た。