第五百三十夜

 

賑やかな部室
「五分で戻って来ること、いいね?」
と念を押す顧問にはいと答えながら軽く頭を下げて部室棟の鍵束を受け取り、職員室を後にした。鍵を任されるのは信用されているからなのか、それとも単に巨体の顧問がその身体を動かすのが億劫なだけなのか。そんな事を考えながら、昇降口から教室へ向かう生徒達の流れから一人離れてリノリウム張りの廊下を部室棟へ急ぐ。

流行り病にまた新たな波が来たために今日からまた部活動が禁止になったと、朝方に連絡網が回ってきた。それで普段より少し早く家を出た。昨日の部活の際に部室へ筆箱を忘れてしまったのだ。

渡り廊下を過ぎ、部室棟の入り口の戸の鍵を開けると、中は冷えた空気が重く固まって薄暗い。自分一人のために電灯を点けるのも申し訳ない。暗いまま、静まり返った部室棟の端の階段を目指す。

普段ならそろそろ朝練を終えた連中がワイワイ言いながら着替えをしている頃合いだが、今朝から部活停止になっているのだから人っ子一人居ない。そもそも、入り口の戸を開けたのが私なのだから、中に先客のあるはずもない。一階は男子運動部の部室が集められていて、普段なら一人で通るのには少々気が引けたことだろう。

階段へ着き、二階に上る。二階が女子運動部の部室、三階は文化部に割り当てられている。女子運動部が二階にあるのは覗き等の不審者対策と、先輩に聞いたことがある。では、
「文化部が三階なのには、意味があるんですかね?」
と尋ねた私に、彼女の言った、
「運動不足解消に、せめて階段を上らせたいとか?」
という冗談が懐かしい。

さて二階に着いて薄暗い廊下に出る。階段を上がって右手、手前から二つ目が我がテニス部の部室である。さっさと筆箱を回収してしまおう。

朝練終わりの女子達の黄色い声が、制汗剤を貸せだの正月太りがなかなか引かぬだのと聞こえてくる中を二、三歩進み、直ぐに踵を返して階段を駆け下りる。走りながら、今日の授業は友人に最低限の筆記用具を借りて乗り越えようと決意した。

そんな夢を見た。

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