第五百二十四夜

 

強い寒波の強風に吹き込められるようにアパートへ帰宅して、風呂に湯を張りながら夕餉の支度を始める。

支度といっても、正月の間に消費しきらなかった切り餅を焼き、味噌汁に浸して簡単な雑煮を作り、それと漬物とで酒を飲むだけだから、さして時間は掛からない。

鍋に張った湯が煮立ったところで火を止めて、顆粒ダシと味噌解く。トースタで火を通しておいた餅と、量り売りの弁当屋で購入して余らせた甘煮とを椀に入れ、そこへ味噌汁を掛けて完成だ。

椀と箸、冷蔵庫の缶ビールを持って炬燵に脚を突っ込み、手を合わせて熱い汁を啜ると、漸く生き返った心地がする。料理とも言えないほどの手抜き雑煮だが、顆粒ダシと甘煮のお陰でなかなか旨い。

せっかく温まった腹に冷えたビールを流し込むと、これは背徳的な旨さだ。

荷物からタブレットを取り出して、ネット配信のニュースを聞き流しながら食事を終えると丁度、湯沸かし器の音声が風呂が沸いたと言う。着替えを用意して風呂場へ向かい、簡単に汗を流して湯船に浸かる。

と、風呂の外で何やらパタパタと音がしたような気がする。湯からはみ出した肩へ掌で掬った湯を掛けながら聞き耳を立てると、暫く無音が続いた後、確かにもう一度パタパタと音がする。といって、隙間風の吹き込んで音のするようなものに心当りはないし、火の不始末でそんな音のすることもあるまい。

少々不安になって早めに風呂を上がると、またパタパタと音がする。風呂の戸越しでなくなって今度ははっきりと聞こえたその音から、スリッパを履いた足が脳裏に浮かぶ。

風呂上がりのそれとは異なる寒気を感じながら寝間着を纏い、まず火の元を確認するが問題はない。戸締まりを確認しようと玄関へ向かうと、サムターンは水平になってきちんと施錠されている。外の強風が共用廊下の手摺に吹き付ける音こそ聞こえるが、隙間風が吹き込んでいる様子もない。

ひとまず安堵し、念の為に六畳間の掃き出し窓の施錠を確かめようと振り向こうとして、ちらりと視界に入った土間に違和感を覚える。振り向いてみればそこには、見慣れぬラベンダ色の小さな靴が、踵をきれいに揃えて脱がれていた。

そんな夢を見た。

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