第五百二十三夜

 

初詣ついでに新年最初の買い物に出掛けようと、簡単に着替えて上着を羽織った。

その胸の内ポケットに長財布を差し込もうとして、クシャリと何か硬い紙を押す手応えがある。週末の度に何枚かあるコートを順に着回しているから、この上着に袖を通したのは二週間ほど前になるだろうか。一体何を入れ放しにしていたものか、全く記憶にない。

取り出してみると派手な封筒に包まれた宝くじの束で、それを見るやいなや当時の記憶が蘇る。
「もし手持ちがあったら、そこの売店でバラ売りを三千円だけ買うといい」。

山登り用のゴツい革のブーツにジャケット、大きなリュックサックを背負った老人にそう言われ、何故か素直に買ってしまったものだった。

年末セールに賑わう新宿で買い物をした帰りに喫煙所へ立ち寄り、大画面に流れる騒がしい映像を眺めていると、
「火を貸して頂けませんか」
と横から声を掛けてきたのが彼だった。

彼はキィ・ホルダに繋がれたオイル・マッチをブラブラさせ、うっかりオイルを切らしていた、白灯油は荷物に入っているのだがこの場で荷物を広げるのも憚られると、手にした紙巻煙草で申し訳無さそうにこめかみの辺りを掻く。ポケットからオイル・ライタを取り出すと、彼は嬉しそうに目を細めて煙草を咥え、その先に火を点けてやると片手を挙げて感謝の意を表す。
「山ですか?」
と、我ながら間の抜けた質問をすると、
「ええ、そう。仕事でね、年末年始は山に。半分道楽でもあるんだけど」
と、煙混じりに笑う。年末年始の山の仕事というと、初日の出のご来光を目指して登りに来る登山客相手の仕事だろうか。
「へえ、お仕事で。それは大変ですね」。
凛とした冬の夜気に肌を刺されながらの二年参りというだけでも独特な緊張感を伴う高揚感が味わえるものだ。高山ともなればまた格別なのだろう。

そんな他愛ない世間話をする間に私の煙草が短くなり、
「それでは」
とその場を辞そうとすると、老人は改めて火の礼を述べ、先の通り宝くじをバラ売りで買ってみろと言ったのだった。

封筒の折れを正して棚に置き、帰宅したら当選番号を調べることにして家を出ようと靴を履き、しかし妙に気になって棚の前へ戻って、スマート・フォンで当選番号を調べると、十枚中なんと三枚が当たっていて、正月早々ちょっとしたお年玉が転がり込んできたのだった。

そんな夢を見た。

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