第五百二十一夜

 

年明け後が締め切りの仕事を年内に片付けてしまおうと、炬燵に電気ポットと甘い物を用意して、ノートPCに向かって作業を始めたのは夜中の十一時頃だった。

疫病騒ぎは数字の上では治まったようだが、マス・メディアや政府発表ではまだまだ十分に警戒しろというので、今年も帰省の予定は無い。それでも年末年始の数日はだらだらと過ごしたいがための自主残業だ。

部屋の電気を消し、モニタのバックライトと電気ポットの稼働を知らせる小さな灯だけを光源にすると、大昔、深夜まで受験勉強をしていた頃を思い出す。当時は下の弟妹が眠るまで喧しく、家族の寝静まってから机に向かったものだった。

黙々とキィ・ボードを叩いていると、窓越しの外気に冷やされて重くなった空気が厚いカーテンと床との隙間から吹き付けて右半身を冷やす。どうも今夜は特別に冷えるようだが、それすらも何だか懐かしい気がしてくる。蛍雪の功なんて言葉もあるくらいだから、寒い冬の夜は勉強や仕事のために夜更しをするに相応しいのかもしれない。

仕事に一区切り付いたところで集中が途切れると、珈琲を飲み過ぎたせいか用を足したくなってきた。ならば席を立って便所へ向かえばいいのだが、部屋の空気のどうにも冷たく、なかなか炬燵から下半身を抜く気が起きない。

とはいえ尿意を抱えたままでは仕事の続きに身も入らぬ。意を決して席を立ち、部屋よりいっそう空気の硬く引き締まった便所に入って戸を締めると、換気用の小窓の向こうからガサと何かの物音がする。アパートの庭に時折遊びに来る野良猫か狸だろうか。しかし、野生の彼等が不用心にもそういう物音を立てるものだろうか。ここに住んで十年ばかり経つが、そういう記憶はない。

奇妙に思いながら水を流し、そのきんと冷えた水で手を洗って部屋に戻り、わずかの間にすっかり冷えてしまった下半身を炬燵に突っ込む。

と、今度は部屋の窓の向こうからガサリと音がする。便所側から窓側へ、猫か狸かが回り込んだのだろうか。それとも、年末に増える泥棒の類だろうか。

一度そう思うと気になって堪らず、スマート・フォンのライトを構えてカーテンを小さく空けて庭を見ると、いつの間にか大粒の牡丹雪が宙を舞い、椿の葉に分厚く積もっている。

この辺りでこんなに雪の降るのは何年振りだろうかと見惚れていると、大きく膨らんだ雪の玉が椿の葉を滑り、下の葉や雪を巻き込んで僅かな物音を立てて落ちるのだった。

そんな夢を見た。