第五百十四夜

 

事務所で店番をしていると、門から大型のバンが入ってきて事務所の前に停まった。返却のお客様だろう。

うちは小道具貸しの小さな会社で、都からほど近い田舎に倉庫を並べ、十数万店の小道具を管理している。時代ごとに形の変わる郵便ポストや公衆電話、撮影用に加工された家具類、その他細々したなど、無いのは衣装くらいのものだろう。

十年前までは、今はもう引退した倉庫の番頭さんが分厚い帳簿を付けて、「あれならあそこ、それはちょうど某さんに貸してるところ」とほとんど丸暗記していたのだが、今はPCにデータベースを作成して管理出来るようになり、私に番頭さんほどの記憶力がなくても十分にやっていけるようになった。

さて、その車には見覚えがあった。懇意にして下さっている劇団のものだ。昔からずっとうちの小道具を借りてくれ、代わりにこちらの人手が足りないときには劇団の若手に声を掛けてもらい、ちょっとだけ割の良いアルバイトをしてもらう。運転席から若い役者が出てきたかと思うと、助手席側から初老の男性が駆けてきて、事務所の戸を引くなり、
「○○ちゃん、申し訳ない」
と悲鳴に近い声を上げる。今は劇団の事務方で偉くなっている彼も元役者で、私もいい歳になってきたのだが、付き合いが長い故、彼には未だに「ちゃん付け」で呼ばれる。しかし流石は元役者だけあって声の通りもよく、その表情は演技過剰なくらいに焦りつつもいかにも申し訳ないといった様子である。

どうかしたのかと尋ねると、
「今回の舞台でさ、人形を借りただろう?可愛いフランス人形を。あれがさ、バラシが終わってさあ荷造りって段になったら、何処にも無いんだよ」
と今にも泣きそうな顔をする。バラシとは舞台や撮影のセットを解体する作業のことで、その間人形の入るような私物の鞄を持ち込んだものはいなかったし、舞台の裏側は倉庫から楽屋から皆探して回ったがやっぱり無いのだと言う。
話を聞いてピンときた。
「ああ、あの陶製の?青いドレスの?」
と横目に尋ねながら、タブレット端末を操作する。
「そう、そう、俺も長いから出来のいいのはわかるんだ。社長になんて謝ろう」。

運転役の劇団員がようやく事務所へ入ってきて、お偉いさんの慌てふためく後ろ姿をに吃驚している。今の若い人達には信じられないかもしれないが、人と人との間というのは、不義理があっても契約通りの罰金や違約金を払えば綺麗サッパリなんてものではない。他の業界がどうかは知らないが、少なくとも自分のいるこの業界は、そういう昔ながらの空気がまだまだ色濃く残っていると思う。
「ああ、やっぱり。大丈夫ですよ」
と、検索の終わったタブレットを彼に向け、画面の一部を指で示す。ああこの人形だ、本当に済まないと尚も謝る彼に、指先をよく見るように言う。

すると彼は「え」とも「は」ともつかぬ頓狂な声を上げ、
「いやいや、返却済みってそんなこと、ありえないでしょう」
と目を丸くする彼に先代の番頭さんから聞いた話をしてやると、
「じゃあ、あの人形が勝手に倉庫に返って来て、データベースの更新までしたって言うのかい?」
と、訝る。ここで初めて運転役の美男子が口を開き、
「まあ、帳簿を捲って字を書き込むよりは、タブレットの画面にタッチする方がらくですから。自力で帰ってこられるならそれくらい出来るんじゃないですかね」
というと、その奇妙な説得力に二人して納得して頷くのだった。

そんな夢を見た。