第五百四夜

 

管理人の趣味でカボチャやら黒猫やらの飾り付けられたエレベータ・ホールで、夕食の入った買い物袋を手持ち無沙汰に揺らしながらエレベータの降りてくるのを待っていた。

やがてエレベータの扉が開き、一歩踏み出そうとした足を無理に止めて道を開けようとして、僅かに体勢が崩れる。中に人が乗っていたのだ。
「おう、今帰り?」
「ええ。お出掛けですか?」
「ああ」
と、すれ違いながら遣り取りしたのは自室の隣、角部屋に住む小太りの中年で、一見して反社会的な容貌をしている。時折、水商売風の派手な格好をした女性を連れているのを見るが、一緒に乗り合わせたエレベータでの暇潰しで話す限り、独身貴族を謳歌しているそうだ。

無人のエレベータに乗り込んで自室のある階のボタンをキィ・ホルダの角で押すと、特に後から誰が来るわけでもなく扉が閉まる。

今更ながら背筋が寒くなり、腋の下に汗が伝うのが感じられる。

今朝方、寝間着のまま朝食の支度をしていると、インタ・フォンが鳴らされた。早朝訪ねてくる者の心当たりもなく、不審に思いながらモニタを見ると、カメラに向かって警察手帳を示すスーツ姿の男が映っていた。
「ご協力いただけませんか?」
と言うので話を聞けば、隣の角部屋に用があるのだが、ベランダからの逃走を防ぐのにうちのベランダを経由させろという。承諾して戸を開けると玄関で脱いだ靴を手にベランダへ出、ご協力に感謝しますと頭を下げる。耳元に手を当てて一言二言呟くと、念の為に戸締まりをしてカーテンを引いておくようにと言って、意外なほどの身軽さでベランダの手摺に飛び乗り、隣の部屋のベランダへと姿を消した。

その後、部屋の防音のお陰なのか特に大きな物音のするでもなく、恙無くハム・エッグとトーストを食していると、もう一度インタ・フォンが鳴らされ、今度は制服警官が無事の犯人確保の報告と協力への感謝とを伝えてくれ、お陰で安心して出勤のために外出することが出来た。

その角部屋の住人と、先程すれ違ったわけで、そうなると、朝方に逮捕されたというのは一体誰だったのだろうか。

そんな夢を見た。