第四百九十一夜
トレイに載せたグラス二つを窓際の少女達へ運ぶと、
「ね、新しい都市伝説、仕入れちゃった!」
と聞こえてきた。
私のバイト先であるこの店は大手チェーンに比べて値段が安く、彼女達のような学生服姿の客も少なくない。雇われ店長曰く、ビルのオーナが趣味と税金対策で経営しているそうで、商品は安く時給は高い。
練乳と抹茶入りのクラッシュアイスに生クリームを絡めてスプーンで掬いながら、
「えー。どうせまた胡散臭いのでしょ?」
とベリーショートの少女が眉根を寄せる。
「いやいや、これはもうね、誰でも体験してる話だから」。
ポニーテイルの少女は生チョコレート入りのわらび餅をスプーンに乗せたまま、透明なビニルシートの向こうに坐るベリーショートの少女へ鼻息荒く宣言する。
「いやもう、却って胡散臭いんだけど」
「いやいや、誰でも毎日体験してる話だから」。
二人共この店の常連で、制服からして店の近くの女子校に通う高校生らしい。週に一度、金曜日の夕方にやってきては、部活で使い果たしたエネルギーを甘味で補給してゆく。たまに見かけない週は定期試験の期間なのだと店長が教えてくれた。店長がそういう趣味なのではない。彼女らはある意味でこの店の名物客で、店長からもバイト仲間からも一目置かれ、休憩中や閉店後の片付けのときなど、しばしば話題になるのである。
「双子の卵って、見たことある?」
ポニーテイルの少女の問い掛けに、ベリーショートの少女は、
「双子って、一つの殻に二つ黄身が入ってるやつ?何かの動画で見たことはあるけど、実際に見たことはあったかな?多分ないと思うわ」
と首を撚ってから、クラッシュアイスを一匙頬張る。冷たい氷から徐々に融け出す抹茶の香りと甘さとで評判が良い。
ポニーテイルの少女が一口の冷たい珈琲で喉を潤してから、
「私もね、ちっちゃい頃に二、三回だけ見たことあったんだけど、最近は全然見ない」
と言うと、
「ああそういえば、保育園の頃にお母さんが珍しがって、一度だけ見せてくれたかも」
とベリーショートの少女も同意する。
「でね、実は双子の卵は昔に比べてずっと減ってるんだって。その理由ってのが面白くて……」
ポニーテイルの少女曰く、二つの黄身の入った卵というのは卵を産みはじめて間もない若い鶏に多く見られ、然程珍しいことでもないそうだ。ただ、黄身が二つ含まれるために殻も大きくなり、出荷時の規格に当てはまらないことが多いために市場にはあまり出回ならない。だから、流通に乗って各家庭で見つかるのは例外的に規格サイズの殻に収まったもので、それなりに珍しいということになる。
「結局、珍しいんじゃん?」
白玉と粒餡をスプーンに掬いながらベリーショートの少女が問う。
「いや、それは昔の話でね、今は大きな規模のところだと検査機が導入されて、規格内のサイズでも出荷前に弾かれて、加工品用に回されるんだって」
「ああ、それで『前よりも』珍しくなったってのね。で、どこが都市伝説なのさ」
「うん、ここまではね。」とベリーショートの少女も頷く。
「でもさ、わざわざ安くもない検査機器を導入してまで双子の卵を一般に出回らせない理由は何だと思う?」
「まあ、珍しい物が見れたってだけで、普通は一々文句付けたりもしないよね。いや、変に気にする人もいるだろうけど」
「それがね、大地震がきっかけなんだって」。
震災の騒動が落ち着き始めた頃、震源に比較的近くに住んでいたと主張する人々の中に、地震の日の一週間ほど前から双子の卵が異様に多く見られたと言う報告が続々とネットに上げられた。中にはスーパーで勝った十個入りのパックの卵が全て双子だったと主張する例もある。もちろん、割った卵は日持ちするものでもないから、証拠になる写真などほとんどなかったが、それでも一時的に噂が広まり、気味悪く思う人が急増したという。
「そんな噂話で検査機が売れたっていうの?」
と眉を顰めるベリーショートの少女に、ポニーテイルの少女は珈琲を一口飲み、
「どこまで本当かはわからないけれど」
と断ってから、
「人間は、理屈だけで動く動物ではないのだよ」
とわらび餅の刺さったフォークを立て、片方の眉を持ち上げた。
そんな夢を見た。
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