第四百八十九夜

 

居間でヘッドフォンを耳に掛けてエレクトーンの練習をしていると、母が買い物に出る間の留守を宜しくと言って出掛けていった。

暫くすると妹がテーブルにドリルの類を広げてその前に坐る。この期に及んでまだ夏休みの宿題を終わらせていなかったのかと、我が妹ながら情けなく思う。その一方で、普段ならば母や私が何をいっても柳に風の彼女が珍しく自発的に宿題に取り組もうとしていることは称賛に値する。

こちらはこちらで、大変なご時世に苦心して発表会を開いてくれる先生や親に無様な姿を見せるわけにはいかないと意気込んでの練習の最中だけれど、勉強を教えてくれというようなら相手をしてやろう。

そんなことを思いながら鍵盤を叩いていると、互いに一言も発さないまま一時間ほどが過ぎた。少々喉が乾いたと、台所に飲み物を取りに席を立つ。と、テーブルの前に妹の姿がない。私に気を遣って、足音を忍ばせてトイレにでも行ったのだろう。

戸棚から取り出したグラスに冷蔵庫の麦茶を注いで居間に戻り、妹のドリルを眺めながら喉を潤す。下手糞な文字ながら、まあまあきちんと解けているようだ。

台所に戻ってグラスを洗っていると、ちょうど母が買い物から帰ってきて、片付けの手伝いを頼まれる。

そこに氷菓の袋を持った妹が、
「最初にコレ、洗って」
と割って入り、手を洗いに洗面所へ駆けて行く。
「勝手に荷物を漁らないの」
と注意する私に、しかし母は、
「それ、あの子がお店から自分で持ってきたのよ」
と言う。
「お店から?」
そんなはずはない、つい先刻まで居間でドリルをやっていたのだから。そう訝しむのが顔に出ていたか、
「二人で買い物に出たの、練習中で気付かなかった?」
と母は少しだけ心配そうに首を傾げた。

そんな夢を見た。