第四百八十八夜

 

昼の部の最後のお客をお見送りして、自分とバイトの女性の賄い飯を作りに厨房へ入って鍋を火に掛けた。

彼女もいそいそと食器を下げ、座席、パウチされたメニュ、テーブルと、マニュアル通りの順番に、ゴム手袋をはめた手で器用に清めて行く。

最後に飛沫防止用に吊り下げた透明なビニル・シートの仕切りを拭くと、その下部に吊り下げられた小さな風鈴が涼しげな音を立てる。シートが真っ直ぐに下がるように取り付けた錘を梅雨時に彼女の提案で付け替えたもので、これが風流だというので割とお客からの評判が好い。秋になったらカボチャや黒猫、年末にはサンタクロースやトナカイに付け替えても面白いかもしれない。

出来上がった焼き飯とスープをカウンタ席に出し、彼女に勧めて厨房を出る。
「ありがとうございます」と席に着く彼女に続き、一つ空けて隣の席に座って手を合わせてレンゲを取る。我ながら旨い飯だと舌鼓を打っていると右手に座った彼女から視線を感じ、振り向けば何やら深刻そうな顔をしてこちらを見ている彼女と目が合う。

賄い飯が口に合わなかったかと尋ねるとそうではないと首を振り、
「風鈴のことなんですけれど、そろそろ何かに替えませんか?」
と言う。まだまだ暑い日も続くし、それらしい季節ものの小物も出回っていないから、暫くはこのままでいいのではないかと返すと、「それならあそこ……」
と店の最奥、便所に最も近いテーブル席を指して、
「あの席のだけ、元の錘に戻しませんか?」
と食い下がる。

その風鈴に何か問題が有るのかと尋ねると、
「あの席だけ、冷房の風が強く当たるでもないのに、勝手に揺れて風鈴が鳴ることがあるんです。フーチって言うんですけれど……」。

風水だかのまじないに、幾つもの振り子を垂らして悪霊とやらの出入りを探る方法が有るという。悪霊が触れると振り子が揺れて、その通り道を見つけたり、やって来たのを察知したりに使われるのだそうだ。
「お化けがいるとは言いませんけれど、やっぱりちょっと気味が悪くて……」
と訴える間も、確かにその席のシートに下がった風鈴だけが揺れており、時折大きく動いて澄んだ音を小さく鳴らす。嫌がるものを無理強いすることもなかろうと、早速風鈴を外すことにした。

そんな夢を見た。

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