第四百八十三夜

 

「お近付きのしるしにと思いまして、ご迷惑でなければ」
と言って差し出した紙袋を訝しげに受け取ったご主人はしかし、その中身を確認するなり満面に笑みを浮かべ、
「ああこりゃ、こりゃあ。他所の人から油揚げだなんて何十年ぶりか、きっと大喜びですわ」
と庭を見遣った。

その視線の先には赤い鳥居と小さな社があり、阿吽の狐がその社を守って坐っている。
先日見積もりに来た際にそれを見つけ、うっかり「綺麗になさっていますね」と漏らしたところ、このお宅の周囲の区画は戦前には神社だった、それが区画整理で別の土地に移されたのだが、このお稲荷様がどうにも頑固でよそへ移ってくれと言っても頑として聞かない。それでその社と井戸とを残し、辺りの地主だったご主人の家でお世話を続けることになったのだと、その由来を伺うことが出来た。

ただ、区画整理で宅地の奥に引っ込んでしまい、人の外からお参りできるように道を引くのも防犯上宜しくないということで、昭和の終わり頃にはこのお宅の庭の内になるように壁を建て直し、それ以来は外からお参りに来る人も居ないという。

そんな話を聞いて、新参者としては地元の古い家に顔を繋いでおきたいという下心半分でお土産を持参した次第である。

仕事の方は恙無く終わり、途中奥様に勧められたお茶で唇を湿らせながら仕事に不備のないことを確認して頂き、駐車場に置かせてもらっていた車に戻る。

エンジンを掛け、送風機を動かして灼熱の車内から熱気の逃げるまで車外の木陰に隠れ、グローブ・ボックスから取り出した帳面に業務日誌を書き込む。

時刻を書き入れるのに腕時計を見て、おやと首を捻る。工事に一時間か一時間半、その後の確認に十五分から三十分は掛かるはずが、車を降りる前に帳面に記した時刻からまだ三十分しか経っていない。時計が壊れたかと車内の時計を見てみてもやはり同じ時刻で、これは早速お稲荷様のご利益かと思いながら、予定を繰り上げて伺えることになったと次の予約のお客様に連絡を差し上げた。

そんな夢を見た。