第四百七十夜

 

「ほいこれ、今日中に回ってね」
と笑顔の社長が差し出した紙袋には、A3のバインダが一つと大量の線香の束、日本酒のガラス・カップ十数本、そして商売繁盛で有名な神社の御札が入っていた。

最後に社用車のキィを受け取りながら、
「本当にこの御札でいいんですか?もっとこう、悪霊退散!とかあるじゃないですか」
と口を尖らせる私に、社長は、
「ワシの神さんは商売の神さん。浮気なんてしたら一発で見捨てられてしまうんよ。それに商売と関係ない話でもないんだから、それくらいの融通が効かない狭量な神さんとちゃうんや」
と私の肩を掌でバシバシ叩く。

事務所を出て車庫の車に乗り込み、助手席に紙袋を置く。ファイルされた一軒目の部屋の住所を確認して車を出す。

毎月一日になると事故物件や、そうでなくとも短期で入居者が出ていったような曰くのある物件に線香と日本酒、そして商売繁盛の御札を供えて回る。供えて回ったらまた順にそれらを回収に回る。

この儀式は社長の考案したものらしく一々お客様から事情を伺ったりといった手間の要らぬ効率的な方法だと胸を張る社長に教わって担当となり、早三ヶ月が経つ。何とも馬鹿馬鹿しく意味のなさそうな儀式だと思ったが、これがそうでもないらしいことは直ぐに分かった。半日置いたそれらを回収しに向かうと、透明だった酒が白濁していたり新品だった御札が煤や泥で汚れていたりする部屋が、これまで毎月最低一軒はあるのだ。

そういう部屋には改めて御札と酒を並べ線香で燻し、次の月の一日までの一ヶ月間はお客様に案内する物件リストから削除して「保留」リストに入れる。そのまま翌月になっても異状の起きる場合だけは付き合いのある神主を呼ぶのだが、これは未だ経験がない。

ただ、以前酒の席で聞かされたところによると、その際に上げる祝詞も商売繁盛の祈願らしい。本当に効くのかと尋ねると社長は破顔し、
「ワシが効きもせんモンに金を払うと思うか」
と言って私の背を掌でバシバシと叩き、本人がそう言うのなら間違いなかろうと妙な納得をしたのを思い出しながら、一軒目のアパートの側のコイン・パーキングへ車を駐めた。

そんな夢を見た。