第四百六十四夜

 

早朝、事務所の駐車場に着くと、既に昨日見た黒いワンボックス・カーが停まっていて、こちらが車を停めている間に中から金色のソバージュ男が現れた。デニムのダメージ・パンツに黄色いTシャツ、黒革のベストという、二つか三つ昔のメタルバンド風の出で立ちだ。

車を降りると、彼はその破天荒な服装に似合わず丁寧な口調で朝の挨拶をし、手にした細長いバッグを持ち上げて見せ、
「では、回収に向かいましょう」
と事務所へ歩き出す。それは野球やサッカーのスパイクを入れるもので、中高生が持っているのをよく見かける。あの中に例の人形を仕舞うということなのだろう。昨晩の彼があの人形を取り出したのが同じバッグだったかどうかはよく覚えていなかった。

事務所のシャッタを上げて戸の鍵を開けて彼の方を振り返ると、彼は私の緊張を見て取ったか、
「お先に失礼してよろしいでしょうか?」
と首を傾げ、私が頷くのを確認するとお邪魔しますと言って中に入る。
薄暗い事務所の中央の机の上に、髪のボサボサに乱れ広がった市松人形が座っている。男はそれに向かって、
「ああ、随分派手に暴れたねぇ」
などと話しかけながら、何処から取り出したのか小さな櫛でその髪を梳かしつける。昨晩彼が持ってきたときには、どことなく不気味という以外には何の変哲もない人形で、決してあんな髪型はしていなかった。きっと梅雨時の湿気を吸ってバクハツしたのだろう、女子社員がこの時期は髪がまとまらなくて困るとよく言っているじゃないか。

そんな風に自分に言い聞かせながら男と人形を見守る。人形の薄く開いて歯を覗かせる真っ赤な唇の端が、昨晩より上がって楽しげに笑っている様に見えるのも気のせいだろう。

髪が整うと男は人形を持ち上げて色々な角度から眺める。どうも汚れを確認しているような様子だが、机の上に一晩放置しているだけで汚れる筈もなかろう。満足したのか、彼は持ってきたスパイク・ケースのファスナを開け広げて机に置き、御札らしきものがびっしりと貼られたその中へ、両手で恭しく捧げ持った人形を収めてファスナを閉じる。

もう大丈夫と笑顔で言う彼に促されて柏手を打つと、事務所内に乾いた残響音が広がる。
「ね、昨晩と全然違うでしょう?」
という彼の言葉通り、確かに昨晩はもっと湿った音がして、音が後を引くような響きも全く無かった。
また同じようなことがあれば是非任せてくれと頭を下げ事務所を出ていこうとする彼を引き止め、別の祈祷師に要求されたのと同額の報酬を申し出ると、
「いえいえ、食事をさせてもらってその上お金を頂くなんてそんな阿漕なことはできません」
と頑なに断って裏の駐車場へ歩いて行く。

が、私が彼に差し出した飲食物といえば、打ち合わせで出した茶の一杯だけで、とても食事と言えるようなものではなかった。

そんな夢を見た。

No responses yet

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

最近の投稿
アーカイブ