第四百五十夜

 

早朝に校庭へ集まって十数分経った頃、出掛けに父の予言したとおりに雨が降り始め、皆急いで荷物を手に手に、大きな庇に守られた昇降口へ避難する。とても通り雨といった様子でなく、西の空にも低い灰色の雨雲が続いているが、何かの拍子に雨が止みはしないかと皆未練がましく校庭と空とを見つめている。

それというのも、これで週に一度限りの機会が駄目になってしまったからである。新興住宅地に無理矢理確保されたため、うちの校庭はかなり狭い。そのため、我が陸上部のトラックはサッカーのグラウンドと兼用であり、野球のマウンドや塁を内包する格好でしか用意されていない。そこで、野球部とサッカーぶとが週に二日ずつ、我が陸上部が週に一度、校庭での練習を割り振られた。陸上部の割当が少ないのは、トラックを用いない練習ならば他の部の脇で出来るからだそうだ。

トラック練習の貴重な機会を奪われたことも辛いのだが、何より困るのがこの後一時間の過ごし方だ。部活動の早朝練習は始業時間の九十分前からなのだが、生徒用の昇降口が開放されるのは、盗難その他の無用なトラブルを避けるため、始業時間の三十分前からなのだ。練習を初めてからまだ二十分ほどしか経っていないので、このまま四十分を昇降口の庇の下で無為に過ごさねばならない訳だ。

その原因たる春雨に皆口々に不平を溢しながら身体を冷やさぬようにジャージや制服へ着替え、見切りの早いものはもう英単語帳を取り出して朝の小テスト対策を始めている。

徐々に水溜りの広がっていく校庭をなんとなく眺めながら、雨で半端に湿った髪にタオルを当てていると、
「おい、何だあれ」
と男子の声がして、皆がざわつき始めた。

興味をそそられて彼等の見つめる下駄箱の方を見ると、雨に濡れた華奢な靴跡が、打ちっ放しのコンクリートにくっきりと一組、ガラス戸から二メートルほど離れた下駄箱の前の簀子に向かって伸びている。踵と土踏まずから先の部分がはっきりした、革靴のもののように見える。
「まだ鍵、開いてないよな」
とガラス戸を引く者もあるが、その言葉通り戸はびくともしない。

皆、気味が悪いと騒ぎながらスマート・フォンで写真を撮ったり、足跡の向かう先の下駄箱が自分の学級だと騒いだりし始めたところへ自分一人だけ校内で着替えてきた顧問がやって来て、庇の下で筋力トレーニングをすると言って皆を整列させる。

部員の一人が足跡の怪異を訴えると、あれは自分がうっかり生徒用の昇降口を通って付いたものだというので、皆落胆しながら整列し、筋トレを始める。

笛を吹いてリズムを取る顧問に合わせて腕立て伏せをしながら彼女の足元を見ると、そのお洒落なジョギングシューズは僅かに泥に汚れていた。

そんな夢を見た。