第四百四十七夜

 

「ちょっとトイレ」
と宣言して映画の再生を止めてもらって席を立った。午前中に買い物に出たときにはよく晴れて風もない行楽日和だったが、このご時世ではなかなか行楽という気にもならず、午後はこうして家でだらだらと過ごすことが多い。

便所の扉を引き開け、何か違和感を覚えつつズボンを下げて便座に腰を下ろす。用を足して腰を上げ、徐々に閉まりにくくなってきたズボンのボタンと格闘していると、便器の蓋が自動で閉じ、続けて水の流れる音が響く。

なるほど、違和感の正体はこれだったかと悟る。不動産屋が妙に誇らしげに紹介していたのが印象的なこの便器は、コンセントに繋いでいれば自動で蓋の開閉をし、また水を流してくれる。まあ便利といえば便利だし、便座の保温に掛かる電力も少なくなるらしい。が、それが何故か先刻に限って蓋が開いていたのだ。

居間に戻って便座が故障したかもしれないと報告すると、映画の停止中に珈琲を淹れ直していた夫が詳細を尋ねるので、先の出来事を説明する。
「ちょっと見てみよう」
と、彼はカップを置いて便所に向かい扉を開ける。背中の後ろから中を覗くが、先程確認した通りに蓋は閉まって、今は水の音もすっかりおさまって静まり返っている。

彼がゆっくり便座へ近付くと、センサが反応してすっと蓋が開き、離れると蓋が閉じる。一定時間以上近くに反応が無ければ離れても水は流さない、賢い便座である。

が、二度三度と繰り返しても、蓋が開いたままになる現象は確認できない。先刻は確かに上がりっぱなしだったのだと首を傾げる私に彼は、
「きっと見えない誰かが立っていたんだろう」
と冗談を言い、珈琲が冷めるからと居間へ戻った。

そんな夢を見た。

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