第四百四十一夜

 

母に呼ばれて居間の扉を開けると、焼きたてのホット・ケーキの香りが鼻腔をくすぐった。

妹と並んで食卓に座り、バターとメイプル・シロップを掛けてナイフで一口大に切り分けて口へ運んでいると、背後で
――ジャリ
と音がして、
――またこの音か
と思う。壁の外から時折聞こえるこの音は、恐らく足音なのだろう。

私の住んでいるこの家と隣のマンション、裏のアパートとの境の塀が微妙に食い違い、アパートの裏に猫がやっとすれ違えるくらいの細い隙間があるのだが、そこに防犯用の発泡ガラス製の庭石が敷いてある。踏めば軽いので容易に動き、互いにぶつかると気泡が音を響かせて高い音を立てるのだと、以前父に教えてもらった。
「またあの足音がしている」
と訴えたのは妹だったが、
「でも、足音にしては……」
――ジャリ
と、また音がする。前の音からたっぷり十秒は経っていただろうか。
「間隔が長過ぎるのよね」
と、以前から抱いていた疑問を私が口にすると、母はにこにこしながら、
「音のするのが嫌で、野良猫がゆっくり歩いてでもいるのかしらね」
と答える。猫を見たいと妹が席を立ち、裏に通じる庭へ出ようと掃き出し窓へ駆け寄ると、「駄目!」
と、滅多なことでは声を荒らげることのない母が叫ぶ。驚いて母を見ると、
「お行儀が悪いから、きちんとおやつを食べて、歯を磨いてからになさい」
と続け、
「ね」
と念を押すと、にっこりと笑みを作った。

そんな夢を見た。