第四百三十八夜
荷物持ちを期待して買い物に連れて行った弟が帰り際、
「本屋に寄っていきたい」
と言いだした。目論見の外れたことを内心で嘆きつつ、生鮮食品の袋を受け取って一人家路を歩くことにする。
弟が大学進学で上京してきて私の部屋に住み着いてからもう一年になるのかと、道すがら何処かの庭木の白木蓮の花を見て気付く。振り返ってみると早いものだが、リモート授業とやらで一日中部屋に居る弟にストレスの多い一年だったとつくづく思う。
今日だって、結局好物を買えと口を出しただけで荷物持ちの役にも立たない。キャンパスに通って普通に授業を受け、友達を作ってという体験が出来ないことは不憫に思うが、それと気の利かないのとは別の話だ。
道路沿いの木々や草花の脇を歩きながらそんなことを考えるうち、アパートに帰り着き、鍵を開けて玄関に荷物を置くと、
「おお、おかえり」
と奥から弟の声が飛んできた。
そんなはずはない。書店の前で別れてから最短距離を歩いたし、多少道端の木や花に目をやっていたにしても弟に追い抜かれて気付かないはずがない。驚いてどうやって帰ってきたのかを問うと、そもそも出掛けていないと不思議そうな顔をする。
そんな馬鹿な、彼の要望で不要なお菓子まで買い込んだのだとマイ・バッグの中からパケージを取り出して見せると、
「ああ、ちょうど食べたいと思ってたんだ。有難う」
と笑顔で受け取るのだった。
そんな夢を見た。
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