第四百十三夜

 

遅く起きた朝とも昼とも付かぬ時刻、ブランチの用意を終えて食卓に就くと、夫の携帯電話が着信を知らせる呼び出し音を鳴らす。彼は
「妹からだ」
と呟くと、行儀が悪いからと席を外し、先に食べていてくれと言って窓辺へ行って通話を始める。

折角のホット・サンドが冷めるのも勿体ないのでお言葉に甘えることにして、窓辺の彼の様子をちらちらと気にしながらホット・サンドを齧る。

半分ほど食べ終えたところで通話を終え戻ってきた夫は頂きますと手を合わせてすっかり冷めた珈琲を一口啜り、
「捨てた筈のものが戻ってきたことって、ある?」
と私に尋ねる。彼に合わせてちまちまとサラダを摘みながら、失くしたと思っていたものがふとしたとき思いがけぬところから出てきたことならよくあるが、
「明確に『捨てたもの』が戻ってくるなんて、そんな呪いの人形みたいなことは、流石に一度もないかしら」
と答えると彼も、
「そりゃあそうだよなぁ」
反芻する。続いて首を傾げながら、
「じゃあ、その反対、いや対偶かな?兎に角、捨てられるはずのないものを捨てたことは?」
と訳のわからぬことを尋ねるので、何を言っているのか理解しかねると正直に答える。彼はもう一度「そりゃそうだ」と呟き、
「今の妹からの電話なんだけどさ」
と切り出す。

なんでも妹さんは、今朝見た夢で小学生の頃のことを思い出したのだという。

些細なことで彼と喧嘩をした翌日、高学年の彼より先に返った低学年の妹さんは、彼の勉強机に彼のお気に入りのキィ・ホルダを見つけた。家族で恐竜展に行ったとき、記念に買って貰ったものだったそうだ。彼女は喧嘩の腹いせに、それをゴミ箱に投げ捨てて、素知らぬ顔で彼の帰りを待ったのだが、返ってきた彼のランドセルを見て吃驚仰天、その脇の金具には、捨てたはずのキィ・ホルダが揺れていた。

そんな奇妙な体験を今朝になって思い出し、もし二つ買ってもらったものの一つを捨ててしまっていたのなら、それは自分の仕業だと謝りたくなって電話をしたのだと白状したのだそうだ。
「もちろん、キィ・ホルダは一つしか買ってもらってないんだ。子供の頃の僕に、保存用にもう一つなんて発想はなかったからね。だったら同じ値段で別のお土産をねだるさ」
と笑う。粗方食事を終えてしまった私が、
「大事なものでも置きっぱなしになっていたら捨ててやりたいってほど腹を立ててた当時の妹の記憶が、実際に捨てたんだとすり替わったのかしら」
と可能性を挙げると彼は、
「うん、本人は確かに捨てたと言い張ったけど、大方そんなところかな」
と頷きながら、ゆで卵にマヨネーズを絞った。

そんな夢を見た。