第四百八夜

 

仕事帰り、野球シーズン最後の試合が気になって、久し振りに外で酒でも飲んで夕食代わりにしようかと思い立った。

駅前に、店の前面が一面硝子張りで中に大きなTV画面が見え、いつも野球中継を流しているのを横目に通り過ぎていた焼き鳥屋があるのを思い出し、初めて暖簾をくぐってみる。

店内はこのご時世に結構な盛況ぶりで、独りだと告げるとカウンタへ案内され、中ジョッキとあれこれを頼んで画面を眺める。一塁に走者が出て思わず舌打ちすると、
「次のバッタ、初球、ホームランだよ」
と横の席で飲んでいた男が話し掛けてくる。彼も独りで飲んでいるらしい。

確かに次は強打者だが、投手はなかなか球が走っているし、制球も悪くない。初球から甘く入ることはないだろうと返す私に、
「いや、いいから見てなって」
と口の端を持ち上げて自信有り気に笑う。

画面を振り返って投手がセット・ポジションから初球を放つ。

甘い。

緩い変化球がアッパ気味に振られたバットに吸い込まれるようにど真ん中へ向かい、快音と共に弾き返され、スタンドに飛び込む。

再び男を振り返ると、彼は深い皺の刻まれた顔を更にしわくちゃにして、
「ほらな」
とジョッキを傾ける。

ちょうど運ばれてきたジョッキと鶏皮を受け取ると、
「兄さん、次に俺がホームランを当てたらさ、一杯奢ってくれないか」
と彼が言う。打席の予想なんて、そう当たるわけがない。今のはたまたまに決まっている。そもそも、そうポンポンとホームランが出るわけがない。

そう言うと男は喜んで、店員に梅干し入りの焼酎ハイボールを頼み、
「次の回、四人目のバッタがツーランだ。あたったら、コレは兄ちゃんの奢りな」
と上機嫌だ。

そんな阿呆な事があるものか。まだ表の攻撃も終わっていないのに、その次の回の、しかも入る得点までなんて、予想もなにもあったものじゃない。そこまでいったらこれはもう予言だ。

そう口を尖らせる私の方を気安く叩きながら彼は、
「まあ、いいから見てなって」
と、前と同じ言葉を口にする。

表の攻撃は先頭が出塁し、送りバントを決めたもののその後あっさりと凡退して終わる。

男の頼んだ飲み物が運ばれてくると、ちょうど二死一塁で四人目が打席に入る。ここでホームランなら確かにツーラン、男の言う通りになる。

初球は際どいストライク。次は低めに外れてボール。それを見届けた彼が、
「牽制」
と言って画面を指差すと、投手は本当にベースを外して一塁へ牽制球を放った。驚く私の耳に、
「もう一丁」
と楽しげに言う彼の声が聞こえると、直ぐにまた投手が牽制球を投げる。呆然とする私の横で彼が、
「次だ、次」
といかにも愉快といった声で言うと、投手の放った白球は見事に打ち返され、レフトスタンドに飛び込んだ。

そんな夢を見た。