第三百九十五夜

 

政府が旅行業者への支援策を打ち出したことから、例年なら貧乏学生のサークル合宿でなどとても手の出ないような宿を格安で借りられるとの情報が周ってきて、有志というか、遊びに回せるお金に余裕のある者が十名ほど集まって、九月の終わりにとある高原の宿を借りた少合宿を行うことになった。

全員参加でないのは、代々二十年以上にわたってお世話になっている宿を利用して、既に毎年の夏合宿は済んでいたからだ。

昼の内に見学と称した観光を終え、名物の川魚の焼き物を中心にした夕飯を頂いて夜になると、宿の裏手に小さな神社があるというのでそこへお詣りという名の肝試しに行こうと皆で戸外へ出る。

高原だからか、神無月も近付いて太平洋高気圧も弱まっているのか、すっかり陽の落ちた屋外は存外に冷え、宿の裏手の林を通り抜ける風は爽やかというには少々肌寒い。

山に慣れた幾人かは、薄手ながら風を通さぬ長袖の上着を持ってきており、準備の足りぬ後輩達をからかったり、或いは本気で心配するように声の調子を落として、
「林に入れば、山をほんの五十メートルも登れば、体感温度はもっと下がる。今が寒いなら準備不足と諦めて、宿でゆっくりしていたほうがいい」
と脅かす者もいる。

体の華奢な一人が宿に残ると申し出るとそれが呼び水になり、結局三人だけが、宿から借りた懐中電灯を持って林道へ続く坂道を登って行く。その後ろ姿を、懐中電灯の灯りの木々に紛れて見えなくなるまで見送って宿に戻ると、皆すっかり体が冷え、女性陣の多くは連れ立って大浴場へ向かう。

二間続きのだだっ広い中に残された男性陣は各々ノート・パソコンを取り出して、今夜の残された時間を有意義に使うべく、今日の見学のレポートを書き始める。

キィを叩く微かな音が澄んだ空気を震わせる広間に、不意にパチンと何かの爆ぜるような音が響いた。画面から顔を上げて周囲の様子を窺うと、音が聞こえたのかどうか、皆自分の作業に没頭している。顔を上げているのは私と後輩一人だけだ。

彼は大きな硝子窓の向こうに広がる闇夜を見つめている。音のしたのはその方向だったか。暫く彼を眺めていると彼も視線を感じたか、こちらを振り向いて目を合わせ、
「明日、明るいうちに神社に行きましょう」
と、殆ど断定的な調子で提案する。

急にどうしたと尋ねると、
「疫病対策で手水桶の水が止められてるみたいで、先輩達がちゃんとお参りできてないみたいですから、そのお詫びに」
と彼は言い、視線を画面に落として作業に戻ろうとする。

どうして水の止まっていることを知っているのか、どうして急にそんなことを言い出したのかと思うと気味が悪い。作業中に検索デモしたのかと、宿の人に聞いた神社の名前を思い出してスマート・フォンで調べてみるが、水が止められているなどという話は何処にも載っていなかった。

そんな夢を見た。