第三百八十九夜

 

始業のチャイムを待つ教室は、毎朝の例に漏れずお喋り好きの連中の声でざわめいていた。

ただ、賑やかかといえばそうではない。皆、周りの耳を憚るように声を潜め、それでも話さずにはいられないひそひそ声が積み重なって、耳障りなざわめきになっている。

そんな風にしてまで皆が口にしたがり、耳に入れたがっている話題とは、もちろん秋の大型連休の計画などではなく、ここ数日の学校の異変だ。

まず月曜日に、校庭の隅の小屋で飼っていた兎が殺された。世話係の一年生と同じ部活動に所属している女子曰く、死体には明らかに硬い靴の踵でどうにかした痕跡があって、野良猫や烏にやられたのでないことは一目瞭然だったという。

明くる火曜日、今度は校庭の裏の池で魚がやられた。うちの中学校では北海道にある姉妹校から送られてきたヤマメの稚魚を秋まで育て、十月に近くの河へ放流する行事がある。夏前までは各学級の教室に置いた大きな水槽で、それ以降はもともとあった池に大きなポンプ付きの浄化装置を付けてそこで育てる。これが網か何かで掬い上げられた上、やはり踏まれていたらしい。流石に全てを掬うのは無理が遭ったのか半分ほどは生き残っていて、毒を流されなかったのがせめてもの救いだと、釣り好きの社会科の教師が項垂れていた。

水曜日には幸い特に生き物が酷い目に遭うことはなかったのだが、別の異変が起きた。教職員と来賓用の玄関に飾られていたお面が無くなっていた。姉妹校から贈られたもので、何やらその方面では有名な作家さんの作品だそうだ。売ろうと思えば高く売れるものなのかもしれない。が、荒々しい彫り方と恐ろしげな表情の面だったから、先の二つの変死事件はその面の仕業に違いないと噂になった。

そんな話題だったから、皆後ろめたい興奮を胸に隠して、声を潜めて語り、耳をそばだてて聞いている。

やがてチャイムが鳴り、引き戸が音を立てる。当然担任かと思えばその予想は外れ、副担任の若い英語教師が入ってきて教壇に立ると「連絡網で回せなかったけれど、担任が死んだ」ということを、辿々しく、言葉を選びながら皆に伝えた。

それを聞いた者達の反応は十人十色、直ぐにワッと教室が騒がしくなったが、
「どうして亡くなったんですか」
と誰かが問うと、一転して水を打ったように静まりかえる。

数瞬、生徒に言っていいものかどうかを迷っているような間が空いたが、教室を満たす沈黙と視線に促されるように、
「帰宅途中、自分で運転する車で交通事故を……」
と囁く声が漏れる。

再びざわめく教室で副担任は声を張り、暫く自分が担任の代わりを務めること、日課表に変更はないことを伝えてホーム・ルームを打ち切り、教室を出ようとする。誰かが、
「ただの事故なら、昨日の夕方のことなのに連絡網が回らなかったのは変じゃないか」
と尋ねると、彼は戸の前で立ち止まり、一本立てた人差し指を唇に当てて振り向き、警察の捜査があるから仕方がないんだと言い、
「なんでも、車内でお面を被って亡くなってたんだってさ」
と囁いてから、肩をすぼめて教室を出て行った。

そんな夢を見た。