第三百八十八夜

 

実家の父からちょっとした用事の電話があって、それが済むと何となくどちらからともなく、世間話が始まった。

今年は盆に帰省が出来なかったから、墓のことやら何やらと話して、そろそろ話の種も尽きる頃、
「何か変わったことは無いか」
と尋ねられて、ふと先日の夕立の日のことを思い出したので話してみることにする。

遠い雷鳴を聞きながら買い物から帰って簡単な料理を始めると、やがて大きな音を立てて雨が降ってきた。

降り出す前に帰れてよかったと思いながら肉と野菜とを炒めていると、台所のすぐ脇の玄関の戸の前に何か気配を感じた。気にしながら平鍋を振り続けても気配はじっと動かず、目の前の磨りガラスにも人の動く影は見えない。

味噌汁と炒めものが出来上がり、茶碗に炊きたての飯をよそって卓の支度が済み、いざ頂きますと思うが、どうも玄関先の気配が気になって仕方が無い。

気にしながらでは美味いものも美味くない。今更ながら足音を殺して玄関に向かい、戸の覗き穴から恐る恐る外を見る。が、隣との間の植え込みの椿に大粒の雨が当たって葉を揺らす以外、動くものは見当たらない。

それでもなお、扉の前に気配のあるような肌の感覚は一向に消えず、思い切って戸を開いた。そこにはやはり誰もおらず、勘違いだったかと項垂れて戸を閉めようとして漸く、玄関先の足元に一匹のアマガエルがじっとこちらを見上げているのに気がついた。

この辺りで蛙の鳴く声を聞いた覚えは無い。珍しいこともあるものだ。しっしと追い払うと蛙はゆっくりと椿の根本へ跳ねて行き、戸を閉めるともう気配は無くなっていた。

気配の正体を確認し、自分の肌の感覚に自信を取り戻した誇らしさをおかずに夕食を平らげ、洗い物を始めると、またも玄関先に気配がする。

今度は何かと覗き穴に目を当てても、やはり人の姿はない。もう一度戸を開くと、先程と寸分違わず同じところに蛙が、そしてその隣に、アマガエルと同じくらい小さなクサガメが、並んでちょこんと座り、首を揃えてこちらを見上げていた。
「妙なこともあるもんだね」
と話を締めると、
「へぇ、お前のところにも行ったんか」
と父が楽しそうに言う。何のことかと尋ねると、
「いや、俺が大学生になって東京に下宿に出たときもな、蛙と亀が玄関先に来たんだよ。季節は春だったか夏だったかなぁ。で、それをお前の爺さんに話したら、爺さんも家を建てて直ぐ、同じように蛙と亀を見たんだと。お伽話みたいなことがあるもんなんだなぁ」
と父が嘆息を漏らし、それが私にも伝染した。

そんな夢を見た。