第三百八十一夜

 

一人暮らしの一週間分の食料の買い出しに街へ行った帰り、もう陽も沈みかけて薄暗い谷沿いの道を車で走っていると、道の真ん中にうずくまる白い人影が見えた。

速度を落としながら近付くと、ライトの中に二頭の犬の姿が浮かび上がる。その向こうに若い女が膝を地面に突き、小さな子供二人を庇うように腕に抱えている。その姿が遠目には白くうずくまるようにみえたものらしい。

近くに車を停めたときにはもうトランクへ積みっぱなしの野球道具に思い至り、車を降りるとすぐにバットを取り出し、できるだけ当たらぬように振り回す。

が、犬は元来賢いもので、野犬に成ると性格まで悪くなるらしい。こちらに本気で当てる気がないのがわかるのか、ちょっと距離を取るだけで逃げる気配が無い。

犬を殴るのは気が引けるなどと言っている場合ではない。それはわかっていても、この野犬達が馬鹿な飼い主が飼いきれなくなって捨てられたものだと思うと、少々心が痛む。

ならば母子を車に乗せて送るかとそちらへ目を向けたとき、視界が一瞬白くなり、雷鳴とともに大粒の雨が落ちてくる。

犬達は雨を嫌ったものか崖下の茂みへ身を隠し、私も直ぐに車へ戻って雨宿りし、母子の横に車を寄せて、濡れるから送ってやると声を掛ける。

けれども、家が直ぐ近くだからと女は頭を振り、
「危ないところを助けていただいて、本当にありがとうございました」
と礼を言うと、二人の子供の手を引いて山へ分け入る脇道へ入って行く。

ここらはもう寺社や鮎釣りの施設が集まる少し拓けた辺りを抜けて人通りも無い。きっと地元の人間なんだろうと思いながら運転席の窓を閉じ、その後姿が藪に消えるのを見送って、ゆっくりと車を出す。

濡れたアスファルトの走行音、ワイパーの往復する音、大粒の雨が天井やボンネットを叩く音を聞きながら暫く車を走らせて、ふと洗濯物を干していたのを思い出し、夕立の予報など無かったではないかと一人で悪態を吐きながら自宅へ戻る。

食料を台所へ運び込み、いざ二階の物干し台へと向かうと、物干し台へ出る掃き出し窓の前の床に、きちんと乾いた洗濯物がきれいに畳んで置かれている。
――ああそうか、あんなところに人の母子がいるはずがないものな。

そして野良犬退治には殆ど役立たずだったことを思い出し、今度あそこを通るときには油揚げでも持って礼をすることにした。

そんな夢を見た。

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