第三百七十八夜

 

盆休み、今年はこちらの実家の番ということで、夫と子供とを連れて昨冬から半年振りに帰省した。

母の甘やかしによって夕食の片付けの手伝いを免除された娘と息子が居間でお盆定番のテレビの心霊特集を見ながら騒いでいる。それを台所で私と並び、背中で聞いていた母が、
「怪談話と言ったって、何も怖いものばかりではないのにねぇ」
と、仕事の手を緩めぬまま呟く。何の話かと尋ねると、後で娘達にも聞かせるからと保留する。私自身も子供の頃にはその手の話が好きな口だったが、母に怪談話を聞いたことはなかったように記憶している。

思いがけずお小遣いの約束を勝ち取った子供のような気分で食器を片付け、盆にお茶とお菓子を用意して居間に戻ると、父が遅いと文句を言う。
「いつもの三倍の食器に二倍の人手なのだから、仕方がありませんよ」
とそれを宥めながらお茶の用意を手伝う夫を見て、
「ははぁ、こんなじゃじゃ馬を貰ってくれる人は心構えが違うものなんだなぁ」
と、父が大袈裟に嘆息してみせる。

じゃじゃ馬とは何かと尋ねる六歳の息子に父が何かを吹き込もうとするのを目で牽制すると、父はひょいと肩を竦めてから息子に向かって唇の前に指でバッテンを作ってみせる。

そうこうしながら卓袱台を囲む各自にお茶が揃うと丁度テレビ番組がコマーシャルに切り替わり、母が、
「今度はお祖母ちゃんの怖いお話を聞いてくれる?お祖母ちゃんがお祖母ちゃんから聞いた、お祖母ちゃんのお父さんとお母さんの話なの」
と切り出した。つまり私から見ると、母が曾祖母から聞いた祖父母の話ということかと、かりん糖を齧りながら考える。

ある日、祖母が夢を見たという。幼馴染であり、将来の約束をしていた青年が夢枕に立ち、その約束を違えてしまったと謝る。
それだけで、祖母には事情が飲み込めた。当時は戦争中で、青年は出征中の身だったからだ。
夢の中で泣く祖母を、青年は巡り合わせだから仕方がないと慰めて、
「ある戦友に、君のことを宜しく頼んでおいた。頭はよろしくないが馬鹿の付く正直者で、身体と運気の強さは人一倍だ。戦争が終わったらきっと俺の家に線香を上げに来るから、会ってやってくれ」
と言って消えたという。

それから間もなく、果たして青年の実家から戦死の報せがやってきた。幼馴染の恋人を亡くした祖母には「ある戦友」など気に入るものかと反発し、暫くするとそんな夢を見たことさえ忘れていた。

ところが終戦後暫くしたある日、真っ黒に日焼けした青年に、道で声を掛けられた。戦友に線香を上げたいが郷里については大まかに話に聞いただけで詳しくわからぬ、青年の苗字の家を探しているのだという。

祖母はまたなんだか拗ねたような気分になり、
「今更、お線香を上げたところでどうなりますか」
と尋ねると、
「どうにもなりはしませんが、せめてこの、向こうで撮った写真をご両親に」
と俯いて、内ポケットから取り出した写真には、果たしてあの青年の姿があった。
「それで、二人は幽霊の言う通りに結婚しちゃったの?」
と娘が気難しげな顔をして尋ねると、
「幽霊に言われたからという訳ではなかったんでしょうけれど、結局はそうなっちゃったのね」
と笑い、母は目を細めて天井を見上げた。

そんな夢を見た。

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