第三百七十七夜

 

蒸し暑さに目が覚めて、やや寝足りないものを感じつつ顔を洗って水を飲む。額や首に熱が籠もっているように感じるのは軽い熱中症だろうか。

汗で湿った寝間着をジョギング用の服に着替え、水筒とイヤホン、スマート・フォンとキィ・ケースを持って家を出る。

ストレッチをしながら音楽を流そうとスマホを見ると、珍しく留守番電話が七件も入っている。寝ている間、深夜に掛かってきたものらしい。

仕事の連絡でもメッセージを残すつもりなら大概はメールかメッセージ・アプリで済ませる人が多いから、この表示自体が久しぶり、ひょっとするとスマホにしてからは初めてかもしれない。

膝裏と股関節を伸ばしながら、録音された最初のメッセージを再生すると、
「もしもし」
と聞き覚えのない女性の張り詰めた声が、これまた聞き覚えのない個性の名前を呼ぶ。
どうやらどこかの母親が娘へのつもりで掛けた間違い電話らしい。携帯電話からならば登録した電話番号へ掛けるので間違い電話も少なくなったが、それでも充電が切れたりといったような携帯電話の使えない状況ならばこんなこともあるだろう。
「お父さんが倒れて、今救急車で病院に着いたところだから」
と、緊張した声で病院の名前を告げる女性の声が痛ましい。

なるほど、病院で携帯電話が使えずに、公衆電話から掛けるのに、数字を押し間違えたのだろう。事態が緊急を要するだけに致し方なかろう。

一度再生を止め、留守番録音の状況を確認すると、初めのメッセージからほぼ三十分毎に公衆電話からのメッセージが、全部で七件も入っている。

七度も同じ間違いをするだろうかとも思うが、一度目で誤って記憶してしまったのだろう。
それ以上、メッセージを再生するのが恐ろしくなり、全ての録音を消去する。大きく伸びをし、深呼吸をして走り出す。

彼女の夫はその後、持ち直したのだろうか。

彼女の娘とは、ちゃんと連絡が取れたのだろうか。

もしなくなっていたとしたら、その死に目に会えなかったのではないだろうか。

もしそうなら、私が消音モードにしておらず、間違い電話を指摘できていたら……。

既に蒸し暑い早朝の空気にのぼせないよう、手にした水筒から一口水を飲んだ。

そんな夢を見た。