第三百七十六夜

 

八月に入って急に猛暑がやってきた。事務所内は冷房を効かせてそれなりに涼しいものの席により個人により体感温度が異なるし、節電という大義名分を味方につけた寒がり勢力に合わせた温度設定がなされているため、暑がりにはやや不快だ。

そこでせめて聴覚から涼をと考えた同僚が小さなガラスの風鈴を持ってきて、部長の許可を得て設置しようと提案する。脚立に乗って照明器具の脇にかざして回ると、サーキュレータの風の跳ね返って当たりの程よい場所が見つかって、時折澄んだ音を響かせ始める。

その音を背景に暫く机に向かっていると、隣の席から肩を叩かれる。振り向けば同僚がこちらを見て、手にしたペンで天井を指している。ペンの先を目で追えば、例の風鈴が舌を揺らし、、大きく揺れるのに合わせて凛とした音が鳴る。

彼女が何を言いたいのか了解しかね、首を傾げてみせると、
「今鳴るまで、暫く無音だったよね?」
と声を潜めて同意を求められる。

そんな馬鹿なと振り向けば、やはり舌の大きく揺れるときにはそれに合わせて音がする。
「仕事に集中しているときには、鳴っている音に意識が向いていないだけでしょう。スポーツとか勉強とかでも、よくあるじゃない」
と私が話を切り上げる横で、
「誰も見てないからって、絶対にサボってたよあの子……」
と、彼女は尚も風鈴のガラスに描かれた金魚を睨んでいた。

そんな夢を見た。