第三百七十五夜

 

幸いにもテレ・ワークで大半の仕事が片付く職種なのだが、週に一度の出社でしか外へ出歩かなくなって早くも三ヶ月が経った。

運動不足は自覚していたが、先日遂に、
「顔に肉がついたのでは?」
と後輩に指摘され、
「ウェブ・カメラで歪んで映っているだけ」
と誤魔化しつつも、スカートやズボンのサイズは嘘を吐かない。

ジョギングでも始めようかと思い立ち、休日久しぶりに外出してスポーツ用品店で装備を整えて洗濯を済ませると、夕食の準備をしている内に乾いてしまった。昨今の機能性を売りにしたスポーツ・ウェアの乾きの早さに驚かされつつ、思い立ったが吉日と、夕食の後片付けが済んで腹のこなれた頃合いに、ちょうど日が沈んで気温も下がったろうと家を出る。

谷と名の付く土地だけあって、幾筋かの小さな川に向かってあちらこちらに坂があり、上りの度に腿と足の裏とが悲鳴を上げる。

楽をしようと下り坂を選んで走っていると、線路に向かって伸びる道の先に、ごく短い小さなトンネルが見えてくる。このところの長雨のせいか、トンネルの壁面のじっとりと濡れたコンクリートがLEDの灯りにくっきりと照らされている。

ひんやりと冷たくカビ臭いトンネルを抜けると、すぐ足元に何か大きな塊があり、蹴飛ばしそうになるのをどうにか避けてたたらを踏む。
「ああ、これは失礼しました」
と、伸び上がった影が言う。トンネルの灯りの逆光になってよく見えないが、人の好さそうなおじさんの声だ。幾らか小太りのその人影へ、
「こちらこそ、ごめんなさい。急に暗くなってよく見えなくて……」
と、上がった息を整えながら詫びる。LEDでは狭い範囲だけを強烈に照らすから、その外は却って見辛くて危ないというような意見を交わした後、
「そうでなくても女性の独り歩きは危ないから、くれぐれも気を付けて」
と言うと、彼はトンネルの向こうへ歩いて行き、その白いシャツを着た丸い背中はトンネルを抜けると直ぐに闇に溶けて見えなくなる。

さてジョギングを続けようと振り向こうとして、彼がトンネルの出入り口の脇で何をしていたのかと気になり、自然と目が彼のうずくまっていた辺りを見る。

そこには向日葵を中心にした小さな花束と、すっかり燃え尽きた線香の束が置かれていた。

そんな夢を見た。