第三百七十三夜

 

まだまだ通常通りとはいかない学校の授業だけれど、市の施設を使うということもあり、私達四年生の校外学習、一泊の林間学校は無事に行われることになった。

その報せを受けた夜、二段ベッド二横になって、修学旅行に行けるかわからない六年生の兄にそれを自慢する。と、羨ましさを晴らすためか、
「おねしょをしないように気をつけろよ」
と嫌味を言ってくる。

もう何年もしていないとベッドの上段へ反論を返すと、
「いや、泊まるところの隣がお寺でさ、俺のクラスにそこの親戚がいるんだけど……」
と、兄は大袈裟に声を低くして話を切り出す。

兄がその同級生に二年前の林間学校で聞いた話だそうだ。兄の同級生の本家が、林間学校で利用する市の施設のお隣のお寺で、毎年盆と正月には数日間、帰省して過ごすという。

その寺は特に有名というわけではないけれど、それでも正月にはそれなりの参拝客があって、御守の類を売ってもいる。そういうものは一年毎に買い換えるものらしく、古くなったものは買ったところへ返して、まとめて燃やす。
「それを返納、お焚き上げと言うんだ」
と、兄が何故か誇らしげに鼻を鳴らす。

普段なら寺を訪ねれば受付で返納の応対をするのだけれど、正月の忙しい時期にはそうはいかない。だから境内に大きな箱を用意して、その中に放り込んでもらう。中にはものぐさな人がいて、毎年片付けの際には他所の御守や破魔矢、縁起物の熊手が当然のように入っている。あまりその量が多いので、最近は境内の隅の目立たぬところに設置するようになったのだそうだ。

初詣の客が引いた正月晴れの夕暮れ、夕飯まではまだ時間があると、兄の同級生は従妹の女の子と一緒に、冬休みの宿題になっていた縄跳びをしようと境内に出た。

参拝客はもう僅かだったが、邪魔にならないところを探して縄跳びを始める。課題の回数を終えてカラー画用紙に貼り付けた藁半紙に日付を書き込むと、辺りはすっかり暗く、人気もさっぱりなくなっていた。

その暗い境内に、猫の鳴くような声が、ややくぐもって響く。従妹が猫を探すと言い張って、声の出どころを探すと、どうも返納の箱の中から聞こえてくる。箱の中身がお焚き上げで燃やされてしまうことは二人とも知っていたから、彼は慌てて子供の背丈ほどの高さの壁をよじ登る。

声を頼りに御守を掻き分けるとガム・テープでぐるぐるまきの段ボール箱があり、その中からギャア、ニャアと声がする。

厳重に巻かれたガム・テープを手で剥がすのは無理だろう。「家に戻ってハサミか何かを使おう」と提案し、彼は壁越しに従妹にそれを渡して箱を出る。その時、
「何をやっているんだ」
と、何処からやってきたか、二人のお祖父さんが二人を叱りつけた。
二人が事情を説明すると、お祖父さんは箱を小脇に抱えて社務所へ行き、事務机の抽斗から取り出したカッタ・ナイフでぐいぐいとガム・テープを切る。

中の猫が怪我をしないかと二人が夢中で見つめていると、
――ぼとり
と音を立てて、赤い着物の市松人形が床に落ちた。
「ほれ、猫なんぞおらんじゃろう」
という祖父に、本当に猫の鳴く声が聞こえたのだと訴えると、
「なに、人形だってそんな声を上げたくなることがあるんだろう」
と軽くあしらわれてしまったそうだ。
「でも、そのお寺に行くわけじゃないもの」
とベッド上段の兄に向けて口を尖らせると、
「その箱の置かれていた境内の隅というのが丁度、宿泊施設のトイレのすぐ近くなんだってよ」
と、手摺から身を乗り出した兄が、意地の悪い顔で私を見下ろしていた。

そんな夢を見た。

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