第三百七十二夜

 

着替えやら化粧品やら、一通りの荷物を詰め込むと、スーツ・ケースはそれなりの重さになった。それをゴロゴロと引っ張りながら向かっているのは、残念ながら旅行先ではない。住民票を都に移してしまっていたから、補助金は出ないのだ。では何処に向かっているかと言えば、大学時代の友人の、一人暮らしのアパートだ。

彼女から久し振りに連絡があったかと思えば開口一番、疫病の陽性反応が出て二週間の隔離が決まったという。それは大変と返すが、彼女の心配は自分の身より、
「隔離の間、家で飼っている猫の世話をお願いできる人を探しているの」
ということだった。

学生時代から保護猫を飼っていた彼女だが、今は三匹の猫に囲まれて暮らしているという。実家は都外な上、両親の猫嫌いから逃れるために上京した経緯もあって、彼らに世話は頼めない。それで同僚や大学時代の、猫好きをあたっているということだった。自分のアパートはペット不可だと言うと、面倒を見てくれるのならあちらの家へ泊まり込んでもいいと言う。

連休に予定のない身であるのを白状するようで多少癪だったが、結局は費用無しに猫に囲まれて暮らせるという魅力に抗えずそれを承諾する。隔離先のホテルを尋ねるとフロントで彼女のアパートの部屋の鍵と地図、猫の世話について書かれたメモを渡された。

猫会いたさに一目散に彼女の部屋を訪ね、メモ通り餌を遣り、トイレを片付けるも、主人の居ない部屋へ突然現れた見知らぬ人間を警戒してか、猫達は物陰に隠れてこちらの様子を伺うばかりだった。が、こちらには二週間もある。掃除と餌やりの様子をスマート・フォンで撮影して友人に送り、自宅へ泊まり込みに必要なものを取りに帰ったのが、今から一時間ほど前だ。

友人宅の最寄り駅を降りて目に付いたスーパ・マーケットで数日分の食料を買い込み、再び彼女の部屋へ戻る。

鍵を開けて扉を開くと、三匹の中で最も身体の大きい茶虎の猫が玄関マットの上で綺麗に前足を揃えて座っている。彼は私と目が合うと、今度は深々と頭を下げてから、もう一度上を向いて私と目を合わせてから、そそくさと部屋の奥のキャット・タワーへ戻って香箱を組んで座った。

そんな夢を見た。