第三百七十一夜

 

この長雨で気温の上がらないのは有り難いが、部屋の湿度も下がる暇がなったのだろう、クローゼットの中の冬物の上着にぽつぽつとカビの生えているのに気が付いた。

クローゼットといっても古いアパートに備え付けのもので、正確には一畳分の押し入れにつっかえ棒と抽斗を取り付け、襖を鏡付きの扉に付け替えただけのものである。普通の箪笥やクローゼットに比べて底板が一枚ないから、床下からの湿気が上がって来て余計に湿気るのかもしれない。

面倒なことになったと思いつつ、空腹を優先して簡単な夕飯を作り、一先ず夕食を片付ける。

気乗りはしないものの、だからといって放ったらかしにする訳にも行かず、観るともなく映画を流しながらカビ取りを始める。固く絞った雑巾で拭い、念の為にと買い置きしていた消毒用のエタノールで叩き、ドライヤで温風を送って乾燥させるとすっかり綺麗になる。その仕上がりを見ると、小学校低学年の子供がアリや霜柱に対して覚える残忍な愉悦に似たものが湧いて来た。そのまま一着二着と夢中でカビを退治し終え、ふと気が付くとまだ映画は半ばで、床に就くにも時間がある。他にアルコールで取り除くべきカビはないかと頭を巡らし、クローゼットの内側の壁面や、その下の抽斗の木材部分も清めるべきだと思い付く。

抽斗の中身にカビの被害がないかを確認しながら避難させると、少々カビ臭くはあるものの、予想に反してこちらには目立った被害はないようだ。それでも胞子くらいは飛んでいるかもしれないし、折角ここまで来たのだからと内面をアルコールで拭く。そのまま側面を拭き、ひっくり返して裏面を拭く。

ごしごしと四段分の抽斗を拭き終わり、避難していた中身を戻し、元通りに仕舞おうとして思い留まる。まだ、抽斗の天板部分を拭いていない。

再び雑巾を手に、腰の高さの天板を拭く。が、奥まで手が届かない。なにしろ元押し入れだから、かなりの奥行きがあるのだ。上半身を突っ込んでカビを浴びるのも気分が悪い。
手前をできるだけ丁寧に拭いてからしゃがみ込み、押し入れの下部に上体を突っ込んで、天板の様子を確認する。と、その丁度真ん中の辺りを部屋の灯りの僅かな反射が照らし、朱墨二色で奇妙な文字の書き付けられた御札の貼り付いているのが見えた。

そんな夢を見た。