第三百六十四夜

 

大学の授業の再開に向けた事務手続きのため数カ月ぶりに大学へ行った帰り、長雨の中に傘を濡らしてわざわざ出掛けて手ぶらで帰るのも勿体ないと、ふと以前友人へのプレゼントを買いに入った小物屋でも覗くべく、最寄りの駅へ続く道を一つ折れて学生街の裏道へ入った。

疫病騒ぎとはいえそれでもまだ賑やかな表通りから景色は一転し、女学生向けの小洒落てセキュリティの高いアパートメントや、反対に戦後間もない頃の遺産のような長屋が混在する細道を、朧気な記憶を頼りにキョロキョロしながら歩く。と、通りに面したアパートの扉が開き、栗色のボブ・カットの若い女性が出て来て奥にあるだろう階段へと向かうのが、傘の端から目に入る。

こういう廊下は内に隠れるような設計が流行りだと聞くから、幾らか古いものかもしれないが、水垢に汚れたような様子もないタイル張りの壁面は、学生向けにしてはいかにも高級と見える。

何となく立ち止まったままその後姿を見送って、いざ歩き出そうとすると再び視界の隅で同じ扉が開く。振り返ると語学の同級の友人で、下から名前を呼ぶと一瞬驚いた顔をしてからこちらに手を降り、小走りに階段へ向かって降りてきた。

丸数ヶ月ぶりの再開に少々はしゃぎながら挨拶をした後、
「綺麗なところに住んでるのね」
と尋ねると、
「ルームシェアで安く、ね」
と言う。なるほど、先程のボブの女性がそうかと独り合点し、
「あの人もうちの大学の学生なの?」
と尋ねると、
「え、あの人?『その』人じゃなくて?」
と訝しむので、
「いや、ついさっき見掛けたから」
と返すと、
「いやいや、昨日の夜にバイトから帰って来てからずっと家にいるよ。というか、ずっと寝てる」
と言う。
「あら、じゃあお客さんだったのかな?」
と首を傾げる私に、
「いや、何のこと?」
と彼女は再び眉根を寄せる。彼女が家から出てくるほんの十秒ほど前に、同じ扉から茶色いボブ・カットの女性が出てきたのを見掛けたのだと説明すると、いやいやそんな人は来ていない、怖いことを言わないでくれと、彼女は今にも泣き出しそうな顔をした。

そんな夢を見た。

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