第三百六十一夜
事務所で机に向かいカタカタとキィ・ボードを打っていると、「こんにちはー」と語尾の間延びした大声とともに長い茶髪の女性が入ってくる。
仕事上の知り合いで、まだ若いのにこれでもかと派手な服装と化粧をしていることも含め、視覚的にも聴覚的にも「五月蝿い」という印象が実に勿体無い。以前、服装と化粧と発声方法をもっと素朴にすれば人当たりが良くなるだろうと余計なことを言って、私のために化粧をしているわけではないと叱られた覚えがある。
「ほら、見て下さい」
と大声とともに彼女が差し出したのは、晴れた海を背景に、丸太で組んだ柵の前でポーズを取る三人の女声のスナップ写真だった。何処か有名な岬へでも行ったのだろうか、中央に映っている派手な顔以外は、見たことのない顔ばかりである。
「密を避けての旅行かい?」
と義務的な世間話として無難と思われる質問をする私に、これは高校時代の友人達と昨年の秋頃に旅行へ行ったときのもので、春休み中に会って渡して貰う予定だったものが外出自粛騒動で延期を重ね、先日漸く受け取ったものだ説明した後、そうではないもっとよく見ろと、何故か自信有りげな笑みを湛えながら踏ん反り返る。その言葉に漸くピンときて、私は写真を左上から右下まで、スキャナが画像を読み込むようにじっくりと写真を精査する。
彼女は私に心霊写真めいたものを持って来ては私に例の存在を認めろと迫る習性を持っていて、二ヶ月に一度程度はこうして仕事もないのに私の前に顔を出す。彼女の試みはこれまでのところ一度も成果を挙げておらず、毎度私がカラクリを説明しては彼女が頬を膨らませて帰るのである。
「特に、何も」
背後に広がる穏やかに青い海と空の真ん中にせり出すように、三人の女性がこちらを向いて笑っている。背にした丸太の柵までは足元がアスファルトで舗装されているが、その先は土が剥き出しなのだろう、野草が茂って、小さな黄色い花を咲かせているものも見える。細かなところまで注意深く見たつもりだが、奇妙なところは特に無い、ごくありふれた合宿風景のスナップ写真である。敢えて言えば、
「女同士の旅行だと、君もこんな大人しい服装をするんだね」
と、写真の中の彼女がデニムのパンツにシンプルなTシャツ姿であることを指摘する。
が、私の言葉を聞いた彼女はやれやれと芝居がかった仕方で首を振り、向かって右側の女性を指し、
「ほら、この子の右脚、消えてるでしょう?」
と震えた声を出す。白と水色を基調にしたロングスカートのワンピースを着た女性の右の膝頭から先が、確かに一切写っていない。左脚と見比べると、膝の上部までは確かにスカートを押し上げているのだろう凹凸が確認できる。が、左右に映る木の柵を見ると、せいぜい一・五メートル毎に脚があるのに気付く。三人の写っている部分ではそれが妙に間延びして見えるが、左右のバランスからして脚の見えない女性の背後に丁度、柵の脚があるのだろう。そこへ足を付けて曲げて立っていて、膝から下の角度が、レンズから見てスカートの陰に隠れて写らなかっただけのことである。
そういうカラクリを丁寧に説明してやるうちに、彼女の頬が膨んでその持ち主が不機嫌であると主張し始めたため、
「実際、彼女が旅行中かその後に右脚を怪我したなんてことはなかったんだろう?」
と尋ねると彼女はいつもより一オクターブ低い声で、
「そりゃ、不幸が起こらないのはいいことですけどね」
と、不貞腐れる。
友人の不幸を願うような人間でなくて好かったと言おうとして、余計なことであると思い留まる。
そんな夢を見た。
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