第三百五十夜
バイト暮らしに便利だと選んだ繁華街の裏手の古いアパートの、猫の額ほどの小さな庭に、今更斧を振り回す隙間も倒れる場所も無いほど立派なクヌギが生えている。
その根の大きく盛り上がった下に、誰が掘ったか手頃な穴が口を開けていて、狸の住処になっている。
繁華街の残飯を漁っているか、餌をくれる人間でもいるのか、去年の春には親子揃って丸々と太った姿を見たものだ。
ところが今年、流行病で外出自粛となって食事事情が悪くなったのだろう、すっかり痩せて毛もみすぼらしくなったのを見掛けて、狸の世界にも不況の風の吹くものかと世知辛い思いをした。
こちらの様子を気にして電話を掛けてくる頻度の上がった母にそんな話をしたところ、
「うちの近所と反対だわね」
とケラケラ笑う。
学校給食での消費がなくなったとか流通の問題だとかで、畑の野菜に出荷出来ないものが出た。そのまま畑に植えていても無駄に育って食えなくなる、次の作物を植える邪魔にもなる。そんなわけで引っこ抜いては潰して、平時に少し余らせたくらいなら肥料にでもするのだが、その量も尋常でないから場所もない。適当な空き地に放り投げておくしかないのだが、それを虫も鳥も獣も大喜びで食いに来る。
「だからこっちの狸は見たこともないほどつやつやだよ。ただ、今年はそうやってたらふく食べて子供を増やしても、また来年、いつも通りに戻ったら、みんなの分の食い扶持はないだろうから、かえって生き残るのは厳しくなるのかもしれないねぇ」。
それを聞いて、狸の世界にも格差の広がるものかと、また世知辛い思いをした。
そんな夢を見た。
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