第三百四十七夜

 

例年ならば潮干狩りの盛んな時期なのだが、市がコロナ・ウィルス対策で海浜公園を立ち入り禁止にした。

今日は我が家がその周囲を「朝の散歩」する当番で、ものぐさよりは感染への恐怖心で散歩を拒否した妻を家に置き、一人夜明け後間もない浜辺へ向かう。

地元の漁師も、観光客相手の商売人も、痛手を負うのは同じことだ。それでもやはり「命あっての物種」だから、皆不満を飲み込んでじっと耐えようとしている。

田舎の悪習と言って嫌う若いのも居ないではないが、利己的な振る舞いで周囲に迷惑を掛ける者への対策になると思えば、密な近所付き合いもなかなか役に立つものだ。

信号を渡り、堤防に浜へ降りる階段の切られた、海浜公園への出入口に着く。この小さな浜には、ここ以外に堤防を上り下り出来る場所はない。

夜のうちに風に吹かれたか誰かが悪戯をしたものかわからぬが、立入禁止の張り紙を付けて倒れた三角コーンを起こし、階段を塞ぐチェインの前に据える。

念の為、チェインを跨いで階段を上り、堤防の頂上から浜を見下ろす。

と、波打ち際の、しかし波は辛うじて被らない辺りに、一組の足跡がはっきりと見て取れた。潮が引いて波が届かなくなってから、一時間と経っていなかろう。
――誰か不届き者がアサリ泥棒に入ったか。

見渡せる範囲に人影は無い。もう浜を出てしまったか、或いは浜の事務所や倉庫の影に隠れてでもいるか。

そう思って急ぎ階段を下り、打ち上げられた海藻や流木の溜まる浜へ足を踏み出そうとして、そこに誰の足跡も無いのに気が付いた。

波打ち際の足跡は残って、堤防の際の足跡だけが残るなんてことがあるだろうか。

すっかり肝を冷やして、急ぎ階段を登り、振り返らぬまま堤防を下り、チェインとコーンを整えてその場を後にした。

そんな夢を見た。